冷遇され続けた聖女は、隣国で王太子付き侍女になって人生謳歌します

 アルベルト達が城へ戻ってきたのは、数時間経った頃だった。辺りは更に暗い闇に包まれていた。

「シャリー!」

 すぐに駆け寄り、無事を確認する。シャリーは疲れからか、アルベルトの腕の中で愛らしい寝息を立てて眠っていた。

 マティアスは、冷え切って冷たくなったシャリーの体を温めるように抱きしめた。
 スゥスゥと規則正しい寝息が耳に当たる。心臓の音も伝わり、ようやく胸を撫で下ろせた。

(本当に良かった…)

 心の底からそう思った。

「シャリー、シャリー。起きろ」

 優しく体を揺すり、目を覚ますように言う。

 本当ならこのまま寝かせておいてやりたいが、このままでは風邪をひいてしまう。

「……ん……」

 目を擦りながら、重い瞼が開かれる。

「あれ…?殿下…?」
「大丈夫かい?」

 ペリドットの瞳がマティアスを映す。

 夢と現実との区別をつけることが出来ず、とろんとした顔でマティアスを見つめるが、どうにも瞼が重い。
「ん~」とまどろんだ声を漏らし、マティアスの胸に顔を埋めるように頬を擦り付けている。

「ほらほら、しゃんとなさい」

 耳元でディルクが叱りつける。

「ん~、ディルク様うるさい……」

 虫を払うように手を振り払われたディルクは、静かに目を細めた。

「……………ほお?」

 周りで様子を見ていた者らがゾッと、身を強ばらせるような表情をシャリーに向けている。
 後に『人がしていい顔じゃなかった』と、その場にいた者が語ったほど。

 そんなディルクは、気持ちよく眠るシャリーの頬を笑顔で摘み上げた。

「イタタタタタタタタ!!!!」

 突然の激痛に、脳は一気に覚醒。

「目が覚めました?」

 禍々しいほどの微笑。寝起きで見るディルクの笑顔ほど怖いものは無く、文句も不満も全部飲み込んだ。

「ほら、目が覚めたならまずは身体を温めてきなさい。風邪をひきますよ」

 言っていることは親切なのに、やってる事は容赦ないんだからたまったものじゃないと、ヒリヒリする頬を擦りながら思った。


 ***


 その後、シャリーは侍女長に背中を押される形で浴場へと向かって行った。

「皆も疲れただろう。ゆっくり体を休めてくれ」

 救出に当たってくれた騎士たちに労いの言葉をかけ、自分はシャリーが戻るのを部屋で待とうと考えていたが、行く手をアルベルトが塞いでいる。

「ちょっとツラ貸せよ」

 穏やかな空気を一掃するような真剣な面持ち。こんな表情(かお)をする時は決まって僕を(なじ)る時。

「──あの嬢ちゃんは何者だ?」

 場所を執務室へ移し、開口一番に衝いて出た言葉。

 大体の察しは付いていたので、驚くことも狼狽えることもしない。

「何者もなにも、僕の専属の侍女だが?」

 冷ややかな態度で言った。

「お前はそう言うと思ったよ。俺も深く聞くつもりは無かったが、ただの娘がなんの前触れもない川が氾濫するなんて予想できるか?俺ら騎士ですら出来ない言動だ」
「……」
「こちらとしちゃ助かったの一言なんで感謝はしてるが、どうにも釈然としねぇんだよ」

 眉を顰め、険しい顔で髪をかきあげる。──苛立った時に出るアルベルトの癖だ。

「オリヴェルの時もそうだった。ただ博識高い娘だと思っていたが、蓋を開けて見りゃ『普通』なんて言葉じゃ説明出来ないことが起こってる」

 心の奥を見透すように、目を光らせ睨みつけてくる。

 オリヴェルはシャリーを尊崇しているので、心配はしていなかったが、アルベルトに至っては、遅かれ早かれ詰問されるだろうとは思っていた。

 アルベルト()は信用できる奴だ。例え、シャリーの正体を明かしたとしても、変わらぬ対応をしてくれる。だが、敵を欺くにはまずは味方からと言うように、念には念を入れるべきだろう。

「さあ?偶然だろ?」

 素知らぬフリを決め込むことにした。

 こんな言葉一つで引き下がってくれるほど簡単なヤツじゃないって事も分かってる。
 怒号が飛んでくるのを覚悟で言ったものの、いつまで経っても怒号は元より溜息一つ聞こえない。

(おや?)

 まさか諦めたのか?と不思議に思いながらアルベルトに目を向けると、頭を抱えながら項垂れる姿があった。

「……俺は、お前に仕えてどれぐらいだ?」

 姿に似合わず、小さな声で問いかけてきた。

「そうだな…15で足りるぐらいか?」

 アルベルトと出会ったのは、僕が7~8歳ごろだったか…?剣も武術もアルベルトから教わった。腕が立つのは勿論の事、教え方も上手く人柄もいい。僕が懐くのに時間はかからなかった。

「お前がまだケツの青い時から一緒にいるんだぞ?なのに、俺はまだ信頼するに値しないか?」
「……」

 なんとも狡い聞き方をする。怒鳴りつけても口は割れないと思って、同情を引く策に出たとみえる。

(やはり一筋縄じゃいかなかったか)

 策士を相手にするのは酷く疲れる。特に、僕の内面を良く知る人物だ。この上なく面倒臭い。こんな事なら怒鳴りつけられた方が気持ち的にも負担が少なかった。

(こっちが頭を抱えたいよ)

 そう思いながら、無音の溜息を吐いた。

「おやおや、お二人方とも辛気臭い顔をしてますね」

 侍女長とシャリ―を見送っていたディルクが顔を出した。

「ディルクか。…お前は彼女が何者か知っているのか?」
「ええ」
「!」

 アルベルト投げかけた言葉に応えるように即答で返事を返され、マティアスは愕然としてしまった。

「教えてくれ!彼女は何者なんだ!?」
「ディルク!」

 正体を知りたいアルベルトと、黙らせたいマティアスの二人に詰め寄られるが、ディルクは涼しい顔を崩さない。

「貴方も知っての通り、彼女はこの城の使用人ですよ?それ以外の何者でもありません」

 その言葉を聞き、マティアスは安堵していたが、アルベルトの方は「お前もか…」と崩れ落ちた。

「なんだよ。二人して……絶対知ってるだろ……俺だけ除け者か?」

 珍しくウジウジとじめっぽい文句を口にしている。屈強な騎士のこんな姿を見せられたら、流石に不憫に思えてくる。

「あのな、アルベルト。いくら信頼していても話せない事もあるんだ。それは分かってくれるだろ?」
「そりゃ当然だな」
「彼女の事も()()話すことが出来ない。正確には()()()()だな」

 僕とディルクの間でも、彼女の事は曖昧にしてある。確信を突いてしまうと、彼女は逃げ道を失ってしまう可能性がある為だ。

「……なるほどな」

 大股を広げながらソファーに深く腰掛け、背中をあずけた。

「要は、厄介事ってことだろ?最初に嬢ちゃんを見た時からおかしいとは思っていたが……」
「悪いな。回りくどい言い方をした」
「いいさ。合点はいった」

 そう言いながら、机に置いてある書類を指さした。そこには、先日送られて来たエルヴマ国の聖女の手配書がご丁寧に見える角度で置いてあった。

 引き出しに入れて置いたはずの手配書がどうして!?と目を見開いて驚いていると、ニコッと微笑んでいるディルクと目が合った。

(余計なことを…)