冷遇され続けた聖女は、隣国で王太子付き侍女になって人生謳歌します

 遡ること30分ほど前──……

 シャリ―の元へ、レティシャと呼ばれる侍女が焦った様子で駆け寄って来た。

「シャリ―!大変!ジルが森へ行ったまま帰ってこないの!」
「え!?」

 ジルと言うのは、レティシャといつも一緒にいる侍女の一人。この二人は下端貴族で、有力な後ろ盾を欲する親に言い負かされて奉公へとやって来ているようだった。
 それこそ、侍女の仕事はそっちのけで騎士達に色目を使ったり、王太子(マティアス)に近づこうとする姿が頻繁に見られていた。ディルクにまで手を付けようとしたのを見た時は、驚きよりも感心してしまった。

(怖いもの知らずって強い)

 そんな訳で、この二人は何処の馬の骨か分からない新人の私が、王太子付きになったのを快く思っていなかった。

「ねぇ、どうしよう……!」
「落ち着いてください」

 取り乱しているレティシャを宥めながら少し考えた。

 邪魔者(わたし)を亡き者にするにはこのタイミングがベスト。しかし……

(ウソにしては芸が出来過ぎる…)

 外は雨脚が強くなり、遠くでは雷鳴が聞こえている。今、外に出るのは危険なのだが、もし本当だった場合、ここで助けに行かなかったら一生後悔することになる。

(ん~、今の私なら行けるか)

 仮にも聖女を名乗ってたし、体の丈夫さなら負けない。多少の傷なら治せるし、この程度の雨風は前世で経験済み。

「……分かりました。私が探しに行きます」

 大きめの外套を羽織り外へと出た。
 思った以上の雨風に一瞬、躊躇したが「よしッ」と風に飛ばされないよう、地面に足をしっかりつけると、覚悟を決めて森へと向かった。


 その姿をレティシャはニヤッと不敵な笑みを浮かべて見送った。

「行きました?」

 見計らったように柱の陰から出てきたのは、今しがたシャリーが探しに行ったジルその人だった。

「ええ、簡単に騙されてくれて助かったわ。こんな雨の降る中森に入る馬鹿はいないわよ」
「その通りですわね。でも、本当に良かったんですの?この天候じゃ、あの子は……」

 今になって急に怖くなったのか、ジルが不安げに切り出した。

「ジル。あの子は()()森に入ったの。私達は()()()()()。それを聞かなかったあの子が悪いの」
「そ、そうですわね」

 肩を掴み、真っ直ぐに目を見ながら言い聞かすように伝えれば、ジルは納得するように頷いた。

 そうよ、私達は悪くない。元はと言えば、身の程を知らないあの子がが悪いのよ。平民風情が、殿下の側仕えなんて許せるはずがないもの。最近では、副団長のオリヴェル様にも気にいられてるって話だし…

「それにあの子、いかにも仕事できますアピールがウザかったのよ。今日だって、変に脅すようなこと言ってみんなを怖がらせてたじゃない。ただの嵐なのによ?あんな子、いない方がいいのよ」

「フンッ」と鼻を鳴らし、自分の正当化を図る。

「……でも、この事が殿下に知られたら……」
「使用人一人居なくなったところで気付きゃしないわよ。気付かれたら知らないフリをすればいいだけじゃない」

 ジルの方は罪悪感なのか、後ろめたさなのか消極的な態度を取ってくる。その姿にレティシャは苛立ちながら言い返す。

「あ、そうだわ。あの子が居なくなったんだから、殿下の側仕えに立候補しちゃお!あんな子より私の方が魅力的だし、殿下もきっと喜んでくれるはずよ!」

 嬉々とした顔で、足取り軽やかに城の廊下を歩いていた。ジルの方は、未だ不安が拭えぬようで、顔色があまり良くない。

「もお、いい加減その辛気臭い顔やめてくれる?折角の気分が台無しなんだけど」
「ですけど……──っ!」

 ジルが何か言いかけて声を詰まらせた。「なに?」とレティシャが怪訝な表情で聞き返すが、顔面蒼白のまま震えているだけで声は出ていない。何かを訴えている様にも見えるが、その理由がレティシャには分らない。「は?」と眉間に皺を寄せ、あからさまに不快感を出している。

 そんなレティシャの肩にポンと手が置かれた。

「随分と楽しそうだな」
「!!」

 声を聞けば、相手が誰なのか察することは容易い。

「で、殿下……!?」
「やあ」

 不気味なほど笑顔のマティアスに、レティシャの声も上擦ってしまった。

 マティアスの背後にはディルクがそっと控えており、アルベルトとオリヴェルはジルを挟むようにして立っている。

 状況を把握するまで、時間は要らなかった。

「貴方がたには少しお話を聞かなければいけませんね」

 ディルクが一歩前に出て言った。
 落ち着いている様に聞こえるが、眼鏡の奥の瞳は凍てつくほどに冷たく光っている。

「ちょ、待ってください!誤解です!私達は──」
「『引き止めた』ですか?」
「そ、そうです!それを聞かなかったあの子が勝手に森へ入って行ったんです!」
「おや?『使用人一人いなくなっても気付かれない』と聞こえましたが?」
「!」

 あたかも被害者面をして言ってくるので、ディルクが冷静に言い返すと分かり易く顔色を悪くした。

「我々も随分と舐められたものだ」

 マティアスの溜息が聞こえると、レティシャの肩がビクッと震えた。

「これでも使用人達の顔と名は把握している。君はウォルトン子爵のところのレティシャ嬢だろ?」
「──そ、そうです!殿下に覚えていたけたなんて光栄です!」

 顔を輝かせて歓喜するレティシャだったが、向けられた目は酷く冷たく、穢れたものでも見るように蔑んでいた。その事に気付いた瞬間、血が抜け落ちるような感覚が全身を巡った。

「勘違いするな。僕は使()()()()()の名を把握していると言ったが?君一人を特別に覚えた訳ではない。そもそも、僕が君を側に置くことは可能性すらない」
「え…」
「君の職務態度を見れば当然だろう?例えそうでなくとも、シャリー以外を置くつもりはない」

 突き放すような冷たい言葉が容赦なく突き刺さり、レティシャは抜け殻のようにその場にへたり込んだ。

 顔には出さなかったが、相当頭にきていたのだろう。女性に対してここまで酷い態度を見せるのは初めてのことだった。

 完全に意気消沈し大人しくなったレティシャと、涙目で項垂れるジルは騎士に連れて行かれた。

 そして──