「どうしてそんなに帰りたいの?」
「帰りを待ってる人がいるから」
「……待たせておけばいい」
私は首を横に振って、声にならない程度の小さな声で笑った。
「私も『ただいま』って、言いたい」
「………」
「みんなに『おかえり』って、言ってもらいたいよ」
私がそう言うと、千景の肩が震えた。
「ママには、僕がいるじゃないか……」
「私には、千景以外にもたくさんの大切な人がいる」
「どれが一番大切?」
「一番とかない。『大切』は、何かと比べられないから大切なんだと思う」
「……ママには、いっぱい大切なものがあるんだね」
「それは、そうだよ」
「そっか。僕だけじゃダメなんだ……」
うつむいた千景の目から、大粒の涙がぽたぽたと畳へ零れ落ちる。
深い緑の畳の上に、小さな濃い染みがいくつも広がった。
「ダメじゃない」
「………」
「千景といる時間も、大切だった」
「だったら、」
「でも」
「………」
「AnBarのみんなといる時間も、大切なの」


