――リン、と音を鳴らし、今日もリビドーに足を踏み入れる。
「多夜さん。乙っす」
僕が来るまでの間、多夜さんがここを張っていた。
「………」
多夜さんはカウンターの内側でグラス一杯の水を飲みながら、相変わらずの無表情で僕を一瞥する。
いつもなら。
僕が来れば、入れ違いになってすぐにここを出ていく。
それが今日は違う。
時間を稼ぐようにゆっくりと水を飲み、何か言いたげに目線を落としている。
「カナコさん」
試しにそう声をかければ、多夜さんがこっちを見た。
どうやら話題は彼女の事らしい。
「……カナコさん、様子どうでした?」
「なにも」
「そうっすか」
沈黙が流れる中。
珍しく多夜さんの方から口を開いた。
「女は、生きてるのか」
さっき多夜さんの言った『なにも』。
カナコさんは今日、扉の中から声一つ漏らしていないらしい。
「昨日は、生きてたっすよ」
「………」
僕がそう返せば、多夜さんは特に表情を変えずここを出る準備をする。


