一人きり、残った店内。
リンコは呟いた。
「こんな日が、来るなんてね」
ヒールの音が響かない足で、出口へ向かう。
外に出るのが、怖い。
男として生きていた頃の自分を知っている人間に。
女として生きると決めた……今の自分を見せるのは初めてだった。
笑われるかもしれない。
気持ち悪いと、目を逸らされるかもしれない。
”お前、変わっちまったな”
そう言われるのが、何より怖い。
「………」
すると、いつかのカナコの声が聞こえた気がした。
――『リンコさんはリンコさんですよ』
ハッとした。
短い距離をトボトボと歩く今の自分は、なんて臆病でみっともないんだ。
……そうだ。
アタシは、アタシ。
黒く重厚な扉。
その無機質な冷たさに、額をそっと預けた。
「ねぇ、過去のアタシ。力を貸して」
静かに告げ、深く息を吸い込む。
胸を張り、一度だけ強く目を閉じてから、ずっと固く閉ざしていた扉を押し開けた。


