ここは冒険者ギルド。
無数のクエストが飛び交い、無数の命が試され、無数の物語が始まり、そして終わる───
喧騒と鉄と汗が交差する、その中心。
そこに立つのが、ギルドの受付嬢・サティだ。
「受付番号順にお呼びします。次の方、どうぞ」
張りのある声が、ホールに響く。
その瞬間、ざわめいていた空気が、ほんの一拍だけ静まった。
冒険者たちは無意識のうちに、カウンターの向こうを見やる。
艶やかな栗色の髪を高く束ね、整った制服に身を包んだ女性。
ギルド受付嬢、サティ・フライデー。
彼女は今日も、変わらぬ日常の只中にいた。
──否。
そう思っていたのは、ほんの数分前までの話だ。
「……S級ダンジョンのヌシ討伐依頼、ですね」
差し出されたクエスト票を見た瞬間、サティの指が止まった。
今月に入って、三件目。
そして――帰還した冒険者は、ひとりもいない。
「フッ。誰も倒せなかったらしいな」
低く響く声とともに、巨躯の男がカウンター越しに立つ。
重厚な鎧に身を包んだその男は、Aランクパーティ《白金の盾》のタンク、ガウンズ。
「だが、こういう時こそ俺たちの出番だろう?」
自信に満ちた笑み。
その背中を見つめながら、サティは視線をクエスト票に戻す。
討伐失敗。
未帰還。
連絡途絶。
報告書に並ぶ、同じ文字列。
「……登録証をお預かりします」
事務的な声で告げ、処理を進める。
笑顔は崩さない。
それが、受付嬢の役目だからだ。
「さっさと終わらせて、酒でも飲みたいところだな」
「……そうですね。ご無事を祈っています」
それ以上の言葉は、飲み込んだ。
祈るだけでいいのなら、どれほど楽だろうか。
ガウンズがホールを後にすると、ざわめきはすぐに戻った。
依頼は流れ、時間は過ぎ、ギルドは回り続ける。
そして夜。
定時を過ぎ、照明の落とされた事務所で、
サティは一人机に向かっていた。
山積みの報告書。
未処理の依頼票。
そして、赤い印が付けられたS級案件のファイル。
また一枚、失敗報告が増えるだけ。
それを受け取り、整理し、記録する。
──それが、私の仕事。
「……本当に、それだけ?」
ふと、手が止まる。
冒険者たちが命を懸けて挑み、帰らなかった結果を、ただ“処理”するだけでいいのか。
ギルドを支えるとは、受付嬢であるとは、そういうことだっただろうか。
「……もう、見ているだけは嫌」
それは憧れではない。
英雄になりたいわけでもない。
ただ──この依頼を“流し続ける側”でいることを、これ以上、選びたくなかった。
サティ・フライデーは静かに立ち上がる。
ギルドの制服を脱ぎ、私物の装備に身を包む。
誰にも告げず、誰にも頼らず。
向かう先は、未攻略のS級ダンジョン。
それは、受付嬢として下した、ひとつの裁定だった。
ただの受付嬢であるサティが──
“最強”へと変わる、その夜の選択。
無数のクエストが飛び交い、無数の命が試され、無数の物語が始まり、そして終わる───
喧騒と鉄と汗が交差する、その中心。
そこに立つのが、ギルドの受付嬢・サティだ。
「受付番号順にお呼びします。次の方、どうぞ」
張りのある声が、ホールに響く。
その瞬間、ざわめいていた空気が、ほんの一拍だけ静まった。
冒険者たちは無意識のうちに、カウンターの向こうを見やる。
艶やかな栗色の髪を高く束ね、整った制服に身を包んだ女性。
ギルド受付嬢、サティ・フライデー。
彼女は今日も、変わらぬ日常の只中にいた。
──否。
そう思っていたのは、ほんの数分前までの話だ。
「……S級ダンジョンのヌシ討伐依頼、ですね」
差し出されたクエスト票を見た瞬間、サティの指が止まった。
今月に入って、三件目。
そして――帰還した冒険者は、ひとりもいない。
「フッ。誰も倒せなかったらしいな」
低く響く声とともに、巨躯の男がカウンター越しに立つ。
重厚な鎧に身を包んだその男は、Aランクパーティ《白金の盾》のタンク、ガウンズ。
「だが、こういう時こそ俺たちの出番だろう?」
自信に満ちた笑み。
その背中を見つめながら、サティは視線をクエスト票に戻す。
討伐失敗。
未帰還。
連絡途絶。
報告書に並ぶ、同じ文字列。
「……登録証をお預かりします」
事務的な声で告げ、処理を進める。
笑顔は崩さない。
それが、受付嬢の役目だからだ。
「さっさと終わらせて、酒でも飲みたいところだな」
「……そうですね。ご無事を祈っています」
それ以上の言葉は、飲み込んだ。
祈るだけでいいのなら、どれほど楽だろうか。
ガウンズがホールを後にすると、ざわめきはすぐに戻った。
依頼は流れ、時間は過ぎ、ギルドは回り続ける。
そして夜。
定時を過ぎ、照明の落とされた事務所で、
サティは一人机に向かっていた。
山積みの報告書。
未処理の依頼票。
そして、赤い印が付けられたS級案件のファイル。
また一枚、失敗報告が増えるだけ。
それを受け取り、整理し、記録する。
──それが、私の仕事。
「……本当に、それだけ?」
ふと、手が止まる。
冒険者たちが命を懸けて挑み、帰らなかった結果を、ただ“処理”するだけでいいのか。
ギルドを支えるとは、受付嬢であるとは、そういうことだっただろうか。
「……もう、見ているだけは嫌」
それは憧れではない。
英雄になりたいわけでもない。
ただ──この依頼を“流し続ける側”でいることを、これ以上、選びたくなかった。
サティ・フライデーは静かに立ち上がる。
ギルドの制服を脱ぎ、私物の装備に身を包む。
誰にも告げず、誰にも頼らず。
向かう先は、未攻略のS級ダンジョン。
それは、受付嬢として下した、ひとつの裁定だった。
ただの受付嬢であるサティが──
“最強”へと変わる、その夜の選択。

