悪魔の生贄が救国の乙女になるまで

時計の音と同時に、祭壇から黒いもやが噴き出し始めた。
もやが広がると室内の温度が一気に下がり、急に寒気がしてレイアは身体を震わせた。

もやは徐々に人のような輪郭になり、まばたきを数回する間にはっきりとした形を取った。

頭に2本の角!?・・・まさか悪魔?

レイアはヒッと息を飲んだ。
他の者もみな凍り付いた様になっていた。

その悪魔は艶のある長い黒髪に赤い目をした恐ろしいほど美しい男で、その身体から放たれる圧倒的なオーラは彼が高位の魔物であることを物語っていた。
悪魔は美しい笑みを浮かべ、こちらに話しかけてきた。

「さあ、時は満ちた。ルイス・フォン・クルム。約束の娘を貰い受けに来たぞ。」

まさか・・・侯爵は悪魔と取引をしたの?

悪魔の放った言葉にレイアは目を見張った。
これまでの経緯を考えると”約束の娘”というのは自分のことだろうと思った。
おそらく自分がレーゲンスブルクに送られる前に行われた取引なのだろう。

だから私は田舎に追いやられ、そこで放置されたのか・・・。

今まで疑問に思っていたことの理由がはっきりし、ストンと自分の中で納得がいった。

「悪魔アルベルト・・・。」
ルイスがつぶやいた。

あの悪魔はアルベルトというのね。

レイアは胸にかけたロザリオを右手で握りしめアルベルトをじっと見つめた。

私の神聖力でどこまで太刀打ちできるのか・・・。

彼の放つオーラは凄まじく、ビリビリと肌に刺さるような威力が感じられた。

でも、どうせ悪魔の餌食になるのなら、あがいて一矢でも報いてやりたい。

レイアがそう思った時、ルイスが笑顔でレイアの方に顔を向け言い放った。
「ええ。こちらの娘です。」

分かっていたこととはいえ、実の親に悪魔に売られるとは・・・。

レイアは心の中で泣きたい気持ちになった。

でも戦わなきゃ。
ここで諦めてしまったら、二度とエルフリードやクララと会うこともかなわない。

レイアがロザリオを握る右手に神聖力を込めようと集中しかけた時、アルベルトが口を開いた。

「ルイス。違うだろう?」
アルベルトは悪魔とは思えない慈愛に満ちた笑みを浮かべ優しくルイスに語りかけた。
それは、まるで無知ゆえに過ちを犯した幼子を諭すかのような口調だった。
「えっ?」
言われた言葉の意味が分からず、ルイスは一瞬きょとんとした表情を浮かべた。

「お前の最愛の娘はその銀の娘ではない。金の娘の方だ。」

ルイスは虚をつかれたようにアルベルトを見た。
そして言われた内容に驚愕の声をあげた。
「いや、でも。あの契約の時にいた娘はレイアだけで・・・」
「私は、お前の最愛の娘をしかるべき時によこせと言ったのだ。別に銀の娘だと指定したわけではない。」
「なっ!」

ルイスはアルベルトの言いたいことを正確に理解したのか、青ざめながら言葉を続けた。
「ソフィアは王子妃に決定しているのです。娘ならレイアでもいいでしょう?彼女も私の娘です。」

必死に言いつのるルイスの言葉を聞いて、レイアの中に僅かに残っていたかもしれない肉親への情が欠片も残さず消え去ったのを感じた。

唇をかみしめ、怒りや悲しみが混ざった複雑な表情をうかべたレイアを見て、アルベルトは楽しそうに微笑んだ。