悪魔の生贄が救国の乙女になるまで

「クララ。来週エルが来るから、新しいお洋服を買ってもいい?」
ある日、レイアが頬を染めながら聞いてきた。
クララは微笑ましく思いながら笑顔で答えた。
「ええ。明日は予定もないですし、町に買いに行きましょうか。」

レーゲンスブルクの中心街は田舎ではあるが、そこそこにぎわいのある町だった。
町の中にある婦人服専門店で、レイアは3着新しいドレスを購入した。
ドレスといっても、王都にいる貴族の令嬢が着るような豪奢な物ではなく、ちょっといい所のお嬢さんといった程度の物だ。

王都のきらびやかな令嬢の姿を知っているクララは、美しいレイアに一度でいいからああいったドレスを着せてあげたいと思っていた。
しかし、一番いい服屋がここなのだ。
華美なドレスを着る機会もないため、レイアは全く気にしていないようだったがクララは内心残念に思っていた。

買い物を終え2人が屋敷に戻ると、一台の豪奢な黒い馬車が停まっていた。
側面にはクルム侯爵家の紋章が入っている。
それを見たクララは青ざめた。

ま、まさか・・・。

「クララ。あの馬車は何かしら?侯爵家の紋章が入ってるわ。」
そう言うとレイアは自分の乗っていた馬車を降り、黒い馬車に近づいて行った。

「お嬢様!」
クララは慌ててレイアを呼び止めたが、その声に誘われたかのように馬車の中から一人の男性が現れた。
50代くらいの神経質そうな男だった。

「クララ。久しぶりですね。」
男はニコリともせず、クララに話かけてきた。
「トーマス・・・。」
クララのつぶやきを聞いて、レイアが彼女の方を見た。
「知ってる人なの?」
その質問に答えたのはクララではなく、男性本人だった。
「お嬢様。お久しぶりです。私はクルム侯爵家執事のトーマスです。旦那様からお嬢様を王都にお連れするよう指示がありまして、お迎えにあがった次第でございます。」
「王都?」
レイアが訝しそうにつぶやいた。

2歳でレーゲンスブルクに連れてこられ、ずっと会いに来ることもなくここに放置されていたのだ。
何をいまさら、という気分になるのも無理はない。

そんなレイアに構わず、トーマスは話を続けた。
「出発は明日です。今日中に旅の準備をして下さい。」
「明日?そんな急に言われても・・・。来週、お友達が屋敷に遊びに来る約束があるのよ。少し遅らせてもいいかしら?」

レイアの言葉にトーマスは恐ろしい形相で首を横に振った。
「旦那様のご指示で、6月に入る前にお嬢様を王都にお連れするよう言われています。1週間後に出発していたら間に合いません。クララ、お前がここに残ってご友人に説明してあげればいいでしょう。急な実家の事情とお話すれば、ご友人も納得されますよ。」

クララはレイアと引き離されると聞き、必死でトーマスにすがりついた。
「私とお嬢様を引き離すのですか?」
「お嬢様がご友人のことを心配されてますし、こちらに戻られた際お前が屋敷を管理していた方がいいでしょう?」

トーマスの言葉にレイアはホッとした。
呼ばれた理由は分からないが王都に行った後、またここに戻ってこられるのだと安心したのだ。
「クララ。私は一人でも大丈夫よ。屋敷を留守にするより、クララに守っていてもらった方が安心して戻ってこれるわ。」
「お嬢様のおっしゃる通りです。では、ご自身の荷物をご準備下さい。私は少しクララと打ち合わせがありますので・・・。」
悲愴な表情のクララが気になったが、トーマスに強く促されレイアは自室へと向かった。