中学二年の夏休み。十四年間の人生の内、その半分を共に過ごしてきた私の恋心が、呆気なく終わりを迎えた。
それは、こじらせて、抱えきれなくなって、爆発してしまった結果だった。
「……ごめん」
困ったように下がる、千昭の眉。
家も近所で、幼稚園の頃から知っていて、小学校は六年間同じクラスで過ごしてきた、いわゆる『幼馴染』という仲。だけど、彼のそんな顔を見るのは初めてだった。私の一時の感情の爆発で、そんな顔をさせてしまったことが本当に申し訳なくて、私はただ、入道雲が太陽を隠して暗くなった道を、走って逃げ帰ることしかできなかった。
我ながら、本当にそれは、最低最悪であると思いながら。
***
高校生活、初めての夏休みが始まる。今日は、休み前最後の登校日だ。
「網倉ぁ、ばいばーい。また、いつ遊べるか連絡する」
「うん、私も連絡する」
ばいばい、とクラスメイトに、花壇の前で手を振った。
反対の手に握ったホースの先が繋がった蛇口を捻る。
夏の陽射しに熱せられて生温かくなった水が流れ出て来る。それが完全に冷たくなるまで待ってから、ホースの先を指で潰して、夏の草花が咲き乱れる花壇に水を撒いた。
本当は、こんな正午に近い時間ではなく、まだ陽がそこまで熱くない朝や夕方の時間帯に水をあげたほうが良いことは知っている。土に沁み込んだ水が熱くなって植物の根が蒸れて枯れてしまうだとか、葉についた水滴のせいで葉焼けを起こしてしまうだとか、植物に優しくない。
けれど、委員会を担当している先生から、「水をやってから帰って」と指示されてしまったのだから仕方がないのだ。
「暑さに負けるなよぉ」
特別、花に興味があるわけじゃない。花壇に咲いている花の中で名前と花の見た目が一致しているものは、向日葵くらいだ。――向日葵って、こんなに小さかったっけ。とは、思っているけれど、きっと色々と品種があるのだろう。
興味がないからといって、枯れてしまっても良いとは思っていない。何気なく入った緑化委員会で花壇の世話をすることも増えたからか、それなりに愛着だって湧いてきている。新学期が始まるまで、鮮やかな色彩を保っていて欲しい。そう、心から思っている。
奥のほうにまでたっぷりと水をあげようと、ホースの先を少し上に掲げたときだ。急に水の出が悪くなった。
ホースのどこかが潰れてしまっているのだろうか、と振り返る。背の高い男子生徒がひとり、後ろに立っていた。すらりと長い手足に思わず目がいく。と、手元のホースが勢いよく水をまき散らした。
「う、お、わっ」
「ははっ、翠、慌てすぎだろ」
その人――内海澄春くんはからかうように笑った。
どうやら、内海くんがホースのどこかを踏みつぶしていたようだ。しかも、わざと。
詰まりの取れたホースは、握る手を緩めてしまったせいで制御を失い暴れ跳ねる。青い空に向かって吹き出した水は、陽の光を反射してキラキラと輝いている。
「ほら、ちゃんと握れって」
そう言って、私の手に内海くんが手を添える。私が手を引っ込めそうになるのを、まるで防ぐみたいにそのままホースごと握られた。
(高校入ってから、距離、近いなぁ……)
背中にほんのり彼の体温を感じながら思う。
言うと、なぜか不機嫌になるから言葉にはしないけれど。
でも、こういうやつのせいで、入学してから今日までの間に何度クラスメイトに「付き合ってるの?」って聞かれたか分からない。
そうじゃないよってその度に答えているけれど、こういうのがあるから全く説得力ないんだよな、と苦く笑った。
だって、内海くんは……。
「髪、だいぶ伸びたな」
肩に少し当たるようになった私の毛先を、内海くんの指が柔く摘まむ。
「どうする? 切る?」
そっと顔を覗き込まれ、私は少しだけ目を伏せてから、小さく頷いた。
「うん、お願いしたい」
あの日。私が千昭に失恋した三年前のあの日からずっと、私の髪を切ってくれているだけだから。
それは、こじらせて、抱えきれなくなって、爆発してしまった結果だった。
「……ごめん」
困ったように下がる、千昭の眉。
家も近所で、幼稚園の頃から知っていて、小学校は六年間同じクラスで過ごしてきた、いわゆる『幼馴染』という仲。だけど、彼のそんな顔を見るのは初めてだった。私の一時の感情の爆発で、そんな顔をさせてしまったことが本当に申し訳なくて、私はただ、入道雲が太陽を隠して暗くなった道を、走って逃げ帰ることしかできなかった。
我ながら、本当にそれは、最低最悪であると思いながら。
***
高校生活、初めての夏休みが始まる。今日は、休み前最後の登校日だ。
「網倉ぁ、ばいばーい。また、いつ遊べるか連絡する」
「うん、私も連絡する」
ばいばい、とクラスメイトに、花壇の前で手を振った。
反対の手に握ったホースの先が繋がった蛇口を捻る。
夏の陽射しに熱せられて生温かくなった水が流れ出て来る。それが完全に冷たくなるまで待ってから、ホースの先を指で潰して、夏の草花が咲き乱れる花壇に水を撒いた。
本当は、こんな正午に近い時間ではなく、まだ陽がそこまで熱くない朝や夕方の時間帯に水をあげたほうが良いことは知っている。土に沁み込んだ水が熱くなって植物の根が蒸れて枯れてしまうだとか、葉についた水滴のせいで葉焼けを起こしてしまうだとか、植物に優しくない。
けれど、委員会を担当している先生から、「水をやってから帰って」と指示されてしまったのだから仕方がないのだ。
「暑さに負けるなよぉ」
特別、花に興味があるわけじゃない。花壇に咲いている花の中で名前と花の見た目が一致しているものは、向日葵くらいだ。――向日葵って、こんなに小さかったっけ。とは、思っているけれど、きっと色々と品種があるのだろう。
興味がないからといって、枯れてしまっても良いとは思っていない。何気なく入った緑化委員会で花壇の世話をすることも増えたからか、それなりに愛着だって湧いてきている。新学期が始まるまで、鮮やかな色彩を保っていて欲しい。そう、心から思っている。
奥のほうにまでたっぷりと水をあげようと、ホースの先を少し上に掲げたときだ。急に水の出が悪くなった。
ホースのどこかが潰れてしまっているのだろうか、と振り返る。背の高い男子生徒がひとり、後ろに立っていた。すらりと長い手足に思わず目がいく。と、手元のホースが勢いよく水をまき散らした。
「う、お、わっ」
「ははっ、翠、慌てすぎだろ」
その人――内海澄春くんはからかうように笑った。
どうやら、内海くんがホースのどこかを踏みつぶしていたようだ。しかも、わざと。
詰まりの取れたホースは、握る手を緩めてしまったせいで制御を失い暴れ跳ねる。青い空に向かって吹き出した水は、陽の光を反射してキラキラと輝いている。
「ほら、ちゃんと握れって」
そう言って、私の手に内海くんが手を添える。私が手を引っ込めそうになるのを、まるで防ぐみたいにそのままホースごと握られた。
(高校入ってから、距離、近いなぁ……)
背中にほんのり彼の体温を感じながら思う。
言うと、なぜか不機嫌になるから言葉にはしないけれど。
でも、こういうやつのせいで、入学してから今日までの間に何度クラスメイトに「付き合ってるの?」って聞かれたか分からない。
そうじゃないよってその度に答えているけれど、こういうのがあるから全く説得力ないんだよな、と苦く笑った。
だって、内海くんは……。
「髪、だいぶ伸びたな」
肩に少し当たるようになった私の毛先を、内海くんの指が柔く摘まむ。
「どうする? 切る?」
そっと顔を覗き込まれ、私は少しだけ目を伏せてから、小さく頷いた。
「うん、お願いしたい」
あの日。私が千昭に失恋した三年前のあの日からずっと、私の髪を切ってくれているだけだから。



