壁の花がいたので婚約破棄させて連れ帰ってみた。


 翌日早朝、起きてすぐに兄から呼び出し。
 どちらにしても朝食は一緒に食べる予定なので、わざわざ呼び出す必要などないと思うのだが。
 そう思いながら食卓につくと、開口一番「婚約破棄が完了した」と言われる。
 誰の、と思ったが、シャーリー・シャレルット嬢とセジュール・ルルオール令息との婚約破棄のことだとすぐにわかった。

「それと、ティヴァロニ王国側からもシャレルット子爵家からも婚約の許可が出た。最終的にシャーリー・シャレルット子爵令嬢から『よろしくお願いします』という言葉が出たという。我々の帰国と同時に本国に連れていくことはできないが、一ヶ月以内に帝国国内に来るとのことだ。詳細はまだ決まっていないが、先に帰って彼女の迎え入れの準備を行うべきだろう」
「それは――」
「ああ。婚約の了承をしてくれたよ」

 彼女が自分と結婚してくれる。
 それを了承してくれた。
 少しだけ目を見開くと、兄は目を細める。

「よかったね」
「ま……まあ……」

 よかった、と言われて謎に緊張がほぐれた。
 不安だったのか、と自分の意外な面に少し驚く。
 帝国の権威を思えば、彼女側から断ることなどできないだろうに。
 それでもあの彼女なら、故郷のために帝国皇族との婚約を断りそうだ。
 来てくれる、帝都に。
 自分の妻になることを、了承してくれた。

「具体的に迎える、というのはどういうことをすればいいのだ?」
「住む場所、着る物、世話をする者、あとは守る者。これらは最低限こちらで用意した方がいいだろう。彼女の家の状態を見ると着る物、世話役と護衛は用意など思いつきもしないだろうから」
「それならルシカに引き続きやってもらう。アレならば護衛としても優秀だ」
「お前が戦場にも連れて歩いている侍女か」

 ルシカは元々、南部の少数民族の出身。
 九神教が勢力をつけ始めてすぐに取り込まれ、少年兵として徴兵された少女。
 だが、戦神などというものを信奉している者たちが、兵――まして他民族の子どもを人間として扱うするはずもなく、初潮を迎えてすぐに子を産んだという。
 その赤子は彼女の目の前で産んですぐに潰された。
 本当に、虫のように、足で。
 その瞬間感情のすべてが閉じた、と語っていたのを覚えている。
 囮にされて置き去りにされていた少年兵を捕虜にした際、特に無感情なその子ども――ルシカに声をかけて聞いた。
 そこは戦場。
 命のやり取りをする場所。
 だが、だとしても。
 それでも、九神教を信奉する者たちは人間ではないと思う。
 やつらは人間が人間であることを認める八神教と明確に違うのだ。
 ルシカのような子どもは他にも多くいる。
 今も増えていることだろう。

(知識の神、アルヴァーニュの聖人か聖女が現れれば……)

 九神教を否定される根拠さえあれば。

「ルシカ以外にも戦場慣れしている侍女はいる。そいつらをつける」
「そうだな。特にお前の婚約者となるのなら、護衛はいくら多くても困らないだろう。こちらからも暗部騎士を二人、護衛につける。そのぐらい警戒しても足りないかもしれないが」
「帝都の中のことは兄上の方が詳しいだろう。任せる」
「僕よりもアビゲイルに任せた方がいいな。女性のことは女性の方がわかるだろう。マリアにも頼んではおくけれど」

 アビゲイルは二人の妹。
 第一皇女であり、現皇帝の第四子……末っ子だ。
 ジルグロッセは会う機会が少ないが、上の兄二人に溺愛され天真爛漫に育った。
 こちらもすでに結婚して夫と子どもがおり、後宮と貴族女性は皇妃とアビゲイルが管理している。
 そしてマリアというのは一番上の兄、イガルダの妻。
 名家の出身で、完璧な美貌を持つ。
 二人の皇子を産んだことで、次期皇妃、イガルダは次期皇帝に事実上確定。
 それでも家族として次男夫婦と妹夫婦の面倒を積極的に見てくれる。
 ジルグロッセからすれば実に信用の置ける女性だ。

「ジルはどのくらい帝都にいられそうなんだい?」
「わからない。戦況は落ち着いている。ロドリゲスの生誕期間中は動きはないだろう」
「自分の生誕を領土中で何ヶ月も祝うようにお達しか。面白いことを考えるね」
「ああ。実に……時間の無駄だな」

 自分は安全なところで多種多様な民族の美しい女を侍らせて、何ヶ月もかけて祝わせる。
 そのために支配地の税は重くして、親に子どもを売らせて兵にしていく。
 ルシカのような“慰安”目的の“兵”という奴隷を、今も生産し続ける。
 神殿が管理できる聖人ならば、帝国も口出しなどしなかった。
 だがやつは、金を握らせ九神教を認める神官だけで“九神教の神殿”を作って自分の支配下に置いている。
 八神教の神殿も、九神教の神殿を忌々しく思っており、敵対組織として認定しているほど――ロドリゲス・クセスという男は世界を塗り替えた。
 戦神というのなら、年の終わりに現れる邪竜の討伐でも行えばいいものを。
 邪竜討伐は帝国に丸投げして、ここぞとばかりに隣接する国々を蹂躙する。
 そんなものを、この世界を創造し、守り続ける八神柱と同格に扱えるものか。

「今のうちに幾つかの領土を取り返してしまえればと思うのだが」
「物資も兵も足りていないのだろう?」
「籠城状態で攻め落とすのに時間がかかる。工作にもな。情報が集まり次第、といったところか」
「まあ、どちらにしてもお前が帝都にいる間に結婚の準備は進めておきたいか。やつのためにお前が幸せを逃すようなこと、絶対にあってはいけないと思うよ」
「幸せ、か……」