壁の花がいたので婚約破棄させて連れ帰ってみた。


「ルシカ、お前に彼女の面倒を頼む」
「かしこまりました」
 
 シャーリー・シャレルット子爵令嬢を実家に送り届けさせ、護衛侍女ルシカをつける。
 あとのことはルシカが説明してどうにかするだろう。
 貴族街の宿に戻ると、アニメイガルダが顔を顰めながら溜息を吐く。
 
「どうしてお前はそう、相手の気持ちも事情も考えずこんな無茶をするんだ。貴族同士の婚約は基本的に政略結婚だぞ」
「わかっている。だが婚約者を探せと言ったのは兄上だ」
「他人の婚約者を奪ってきなさいとは言っていないだろう……!」
 
 頭を抱えてソファーに沈む兄の姿を眺めながら、ジルグロッセは他の使用人に「ワインを」と命じる。
 属国というのは、国防を帝国が担う代わりに搾取できるものは搾取するということだ。
 それは資源、食糧、人財、あらゆるものが該当する。
 そして先程のパーティーでジルグロッセが見つけた彼女は、自分の隣に置いておきたいと思わされた唯一の女。
 結婚相手というのは、自分がそう思った女のことだと思っている。
 
「ともかく、彼女――シャレルット子爵令嬢が政略結婚の方を優先させたいと言ったらちゃんと身を引くのだよ?」
「俺はあの娘がいいと思ったから選んだのだが?」
「内政干渉はほどほどにしないと、他の国にも色々口出ししなければならなくなる。あまり干渉するところを増やすと摩擦が起きて、九神教に寝返られかねないんだ。せめて事前に兄に相談してくれれば、裏から手を回して穏便に婚約破棄させてこちらに連れてくることもできたのに」
「そういうのはわからない」
「わからないなら相談しなさいと言ったんだよ」
 
 手渡されたワイングラスを受け取り、すぐに口元に持っていって傾ける。
 パーティー会場では大して美味い酒も料理もなかったが、母国から持ってきたワインは舌に馴染む。
 確かに外交は兄の専門。
 自分は戦うことしかわからない。
 しかし、兄の言うことはわかる。
 帝国は九神教の侵略戦争が始まってから意図せず多くの国が自発的に傘下に入りたがった。
 急速な属国の増加に伴い、現皇帝――父は『属国になった国々には最低限の命令を守らせ、自治は引き続き国内で行わせること』という指示を出す。
 駐在員はもちろん派遣して監視するが、中規模な国はともかく小国と部族の数が多すぎた。
 帝国として戦線を維持しつつ、属国を監視しつつ統括するためには各自国々で自治を続けてもらうしかない。
 無論、もしも裏切るようなら即、他の国に自治権を与えるつもりだが。
 そう密かに通告しておくことで、隣接する属国同士を監視させるのだ。
 裏切り者の持ち物――土地、人間、財産を自分のものにできる、だから監視しろ、と密かに通達しておくことで、程よい緊張感が漂う。
 帝国はそうして、必要なものを必要な国から必要な分だけ取り上げる。
 今は多少の食糧と、戦線維持のために必要は兵を徴収する程度。
 直接的な武力衝突はだいぶ少なくなったが、それはロドリゲスが高齢になってきたからだ。
 ロドリゲスの息子や、ロドリゲスの死後にも『戦神オーディール』の生まれ変わりを名乗る者が現れ、引き続き大陸全土に九神教への改宗を武力を以て強要してくるのであれば何十年でも続けていかなければならない。
 八神教はどうしても『戦神オーディール』を認めるわけにはいかないのだ。
 神殿がそれを絶対に認めていないから。
 神殿側としては『知識の神アルヴァーニュの生まれ変わりが現れるまで、戦神オーディールが“本物”であるかどうかわからないから』認められない。
 新たな神として確立するのなら、その時は九神教を認めることも神殿側としては致し方ない部分がある。
 だが、ロドリゲスのやり方は強引すぎる。
 八神教の教徒が九割という現状で、『戦神オーディールを認めない八神教は邪教である』と主張して、改宗しない者を邪教徒として粛正してきた。
 そんな者を神の生まれ変わりと、易々認められないというわけだ。
 なにしろ、ロドリゲスのように“神の生まれ変わり”を名乗る者たちは神殿にとって日常茶飯事。
 もっとも迷惑であり、そんな詐欺を毎回認めていたらありとあらゆるものが足りなくなる。
 聖人と聖女を騙る者を排斥するのだけでも大変なのに、その上『新たな神』を名乗る者など言語道断。
 ただの人間が九柱目の神を騙ることを神殿が勝手に認めるのは神への冒涜。
 八神を祀る神殿がそんなことをできるわけがない。
 だからこそ『知識の神アルヴァーニュ』の生まれ変わりの聖人または聖女の顕現が求められている。
 通常多く生まれてきてほぼ常駐状態の七柱の聖人、聖女と違い『知識の神アルヴァーニュ』は滅多に生まれてはこない。
 理由は不明だが、『知識の神アルヴァーニュ』は人々に知性が失われた時に現れるとされ、勉学に励む努力をしているから現れない、と言われている。
 また、『知識の神アルヴァーニュ』には予知能力があるとされており、世界に滅亡の危機が訪れなければ転生してこないのでは、とも言われている。
 だが、九神目『戦神オーディール』の真偽を確認するにはその知識がどうしても必要だと神殿は主張していた。
 なんでも、『知識の神アルヴァーニュ』の聖人、聖女にしか読むことのできない『神の書』なるものが存在し、おそらく『戦神オーディール』の真偽はそこに書かれているだろう――という。