壁の花がいたので婚約破棄させて連れ帰ってみた。


 それは世界を変える質問。
 私自身もよくわかっている。
 それがどんな結果をもたらし、今後幾つの命を奪うことになったとしても私にしかできない質問であるのなら躊躇はない。
 ジルグロッセ様のために。

「戦神オーディールは、神ではない。そんなきょうだいはいない。ロドリゲスはうそつき。私たちは怒っている。神を名乗る不届き者。ロドリゲスには神々の怒りが下る。人間は手を引け。この先は我らの怒り」
「では、人間は……」
「あ、待ってください。まだ続きが。ええと――ウィンディーナの月、26日に神々によりオーディール神教国聖首都メレゲンにガイアの怒りが訪れ、シルフィの怒りが落ち、ウィンディーナの怒りが押し寄せ、イグニットの怒りが跡形も残さず世界に混乱をもたらした愚か者を裁くであろう。近辺にいる罪なき者は、予言に従い離れることを選ぶがいい。――とのことです」
「予言……!」

 神々はかなり九神教に怒っている、という答えが返ってきた。
 こんなに怒ってたの? ってくらい。
 私が読み上げた神の返答で、大神殿は大騒ぎになった。
 ジルグロッセ様はいつの間にか大神殿からいなくなっており、アビゲイル様が「兄様は慌てて砦に戻っていったわ。神々のおっしゃっていた災害に備えなければならないから」と。
 確かに。

「おお、なんということだ。神々がこれほど怒り狂っておられたとは……我々は神々の逆鱗に触れてしまったのだろうか? シャーリー様、どうか神々に我らをお許しくださいとお伝えください……」
「え? え? は、はい……」

 司祭様たちが私の目の前にしゃがみ、手を組んで懇願してくる。
 司祭様たちはいったいなにを神々に懺悔されているのだろう?
 まあ、よくわからないけれど伝えるだけ伝えてみるか。
 というか、なんで私?
 司祭様たちが自分で神様にお伝えすればいいんじゃないのかなぁ?

「え?」

 石碑に伝えると、『司祭たちの汚職は許されない。九神教に組した者たちにも罰が下るだろう。そこにいる者たちも』と書いてある。
 え、ええと……。

「シャーリーさん、大丈夫? なにか書いてあるの?」
「ハッ! ……ア、アビゲイル様……」

 肩を掴まれて、顔を上げる。
 表情は険しい。
 アビゲイル様には石碑の文字が見えないのだろうか?
 なんだか、だんだん怖くなってきた。
 この文字、私にしか見えない、神々の返事。
『神の書』、試練、読めるのは、そういえば……。

「あ、あの、アビゲイル様」
「どうしたの? 大丈夫?」
「あの……私、もしかして――」

 さすがの私でも、『神の言葉』を読める者が何者なのかを知っている。
『神の書』って神が書いたものを読むのかと思ったら、どうやら『神の言葉』がそのまま浮かび上がり、対話ができるものだったらしい。
 それって、知識の神アルヴァーニュ様の聖人か聖女にしか行えないことだ。
 まさか、まさかと思いながら恐る恐るアビゲイル様を振り返ると、呆れたような顔をされた。

「そうよ。だから兄様も駆けつけたし、わたくしや大神殿の者たちも勢揃いしていたんじゃない。部下たちは見届け人。もうあなたが知識の神アルヴァーニュ様の聖女だということは城にも報告がいっているわ」
「ヒョ、ヒョエ……」

 言葉に詰まる。
 わ、私が聖女。
 知識の神アルヴァーニュ様の……!
 信じられなくて頭を抱える。
 そのまましゃがみ込みそうになるところを、アビゲイル様が私の肩を掴む。

「わ、私、私、私……聖女、私が……!?」
「今? 『神の書』を読める時点でそうだって言ったじゃない! 聞いていなかったの? というか、あなたなら知っていると思っていたわ」
「私が聞いていた話は『神と対話できる者こそアルヴァーニュの聖人、聖女』だったのです! 『神の書』が読める者ではなくて……!」
「あら、そうだったの? でももうあなた、神々の代弁をしてしまったもの。あなたは知識の神アルヴァーニュ様の聖女。もう確定よ。観念してね」

 ぽん、と肩を叩かれ愕然とした。
 私が……私が聖女!?
 しかも、何百年も現れていなかった知識の神アルヴァーニュ様の!?

「でもなんか、こう……特別な力が使えるわけじゃないし、なにかが自分の中で変わったわけでもないですし……!」
「『神の書』が読めるのでしょう? それが特別な力よ」
「くうっ……」

 それは……確かにっ!
 じゃあ私、本当に――聖女になってしまったの?
 そんなことある!?

「落ち着いてね。あなたはジルグロッセ兄様の婚約者。今更あなたの価値が変わることはないの。元々、皇族に入ることが決まっているのだから」
「あ……あの、でも、そ、それは……」
「ご家族に報告するくらいは構わないわ。でも、あなたの扱いは今まで通り。仕事と護衛は増えるかもしれないけれどね。大丈夫よ。あなたはあなた」

 肩を二回、軽く叩かれる。
 私は――私。

「むしろ、あなたが兄様の長年の悪夢から解き放ってくれた。兄様を救う光をくれた。……ありがとう、シャーリーさん。あなたが兄様の婚約者でよかった……!」
「あ……アビゲイル様」

 そのまま抱き締められる。
 私も、不意に泣きそうな気持ちになった。
 ジルグロッセ様とほとんど話せなかったけれど、あの方が近く、すべてから解放されるのだ。
 私、私は……!