壁の花がいたので婚約破棄させて連れ帰ってみた。


 そんな(よこしま)な気持ちを一切隠さず、大神殿で『神の書』を読む日がやってきた。
 そうしたらびっくり!
 大神殿に、ジルグロッセ様が現れた!
 砦に戻られてお手紙でお元気そうなのは知っていたけれど、実際お姿を見ると安心する。
 ジルグロッセ様のお手紙は事前にご自分でもおっしゃっておられたように報告書のようで、面白い。
 女性に対して初めて手紙を書く。
 書き方がわからない。
 おかしかったらすまない。
 そんな出だしから始まり、本当にただの報告書のような内容で私としては読みやすかった。
 まあ、報告書って読みやすさを重視して簡潔に書いてあるものだもの、当たり前よね。
 貴族の回りくどい挨拶や、言い換えた書き方。
 そういうものがない分、言いたいことがとてもわかったから私もいっぱい色々書いてしまった。
 でも、そのおかげで最近の返事は感謝されることが多い。
 改善された内容と、兵士や砦の町民の方々の反応、感想。
 それらを丁寧に、簡潔に、わかりやすく短く書いてくれるから、嬉しい。
 だから余計に、お節介なまでに聞かれていないことまで書いてしまうようになった。
 でも、それに対しても『ありがとう』『試してみたところ、喜ばれた』『保存食のレシピはいくらあっても困らないので、他にもあれば教えてほしい』と。
 皇族の方が、子爵家の私へ。
 こんなにも丁寧に、穏やかに教えを乞う。
 本当にすごい人だと思ったの。
 だって私の知る王侯貴族って、自分より家格が下の者には『奉仕されて当然』『搾取するのが当たり前』という態度。
 男性から女性にはもっとそう。
 でもジルグロッセ様は真逆なの。
 お礼を言うし、素直に『教えてほしい』と言う。
 それがどれほどすごいことなのか。
 だからもっと、もっととレシピを調べてしまった。
 ジルグロッセ様に喜んでほしい。
 ジルグロッセ様がもっと砦の人たちに好かれるように、力になりたいって。
 離れていても私のことを頼りにしてくれて本当に嬉しかったの。
 実家で私は“いない者”だったから。
 だから久しぶりにお会いできて、嬉しかった。
 話をしたかった。
 直接感想や砦の人たちの反応を聞きたいって思って。
 でも、私ってやっぱり根っからの本の虫。
『神の書』のところへ案内、なんて聞いたら興味が全部そっちに持って行かれてしまった。
 それでも一応、振り返って見たりはしたの。
 アビゲイル様とお話しをされていたから、まあ、そうよね、ご兄妹だもの。

「こちらです」
「この石碑に手を翳してみてください」
「は、はい」

 司祭様たちに促され、石碑の前に立つ。
 手を翳すって、この石碑に?
 あれ? 本は? 本……この石碑に手を翳したら、出てくるとか?
 なんだか推理小説みたいで面白いかも?

「え……!?」

 手を翳すと、石碑が真っ白な光を放つ。
 眩しい……! っていうか、どういうこと!?
 一瞬光って、すぐに治る光。
 でも、その光は石碑に文字として残る。
 なにこれ、これが本なの!?

「え!? シャーリー!? 大丈夫なの!?」
「え? は、はい。驚きましたけれど……」

 光に驚いたアビゲイル様が駆け寄ろうとして、司祭様に止められる。
 アビゲイル様と石碑を交互に見ていると、石碑の光の文字が目に入った。
 これって……。

「あ、あの、石碑が『質問はなに?』と書いてあります。物語とか、そういうものが書いてあると思ったんですけれど……」
「へ!? ……よ、読めるの? なにか、書いてあるの?」
「え? は、はい。白い文字で……え? アビゲイル様は見えないんですか? 確かに不思議な本、とは思いますけれど……」

 これが“本”なのか。
 思っていたのとかなり違ってちょっとがっかり。
 じゃ、なくて『質問はなに?』とこちらに質問されている。
 これって、神が今現在の私たちを見ておられるということなの?
 だとしたらそれはそれですごいなぁ?

「待て、アビゲイル。シャーリー、石碑の文字が読めるのだな?」
「え? は、はい。でも、石碑には『質問はなに?』としか書いてなくて……。神様の世界のことや、古代のことが書いてあるのかと思ったんですけれど……ごめんなさい、私、なんの力にもなれなさそうで」

 ジルグロッセ様がアビゲイル様の肩を掴み、私の方に真剣な声と眼差しで聞いてくる。
 読めるのか、と言われたら読めるけれど……。

「戦神オーディールは九柱目の神なのか? と、聞いてほしい」

 顔を上げる。
 司祭と大司祭が生唾を飲み込む音が聞こえた。
 緊張が走る。
 唇を結んでから石碑に向き直った。
 ジルグロッセ様がした質問。
 その意味。
 私にだってわかるよ。
 ジルグロッセ様がずっとずっと戦ってきたのを、私だって知っている。
 歴史書に、もうジルグロッセ様の戦ってきた歴史が書かれているほどだ。
 十三歳の頃から、最前線で命をかけていたジルグロッセ様が、神に質問ができるとしたらきっと、本当にずっと知りたかったことだと思う。
 この質問の答えて世界が変わる。
 私にもそのくらいわかる。
 だから顔を上げて、石碑に手を翳す。

「おうかがいいたします。戦神オーディールは九柱目の神なのですか?」