私の名前はシャーリー・シャレルット。
田舎の貧乏子爵家令嬢です。
我が家は極貧。
お金持ちのルルオール伯爵家から、我が家の土地を新事業のために一部借り受けたいとのことで私と長男とセルジュール様との婚約が決まった。
貴族として生まれた以上、政略結婚は仕方ない。
せめて優しくていい人ならいいな、と思いながら紹介されたセルジュール様は、おおらかで爽やかでお優しい、とても見目のいい方。
この方とならやっていけそう、と安心した。
パーティーではちゃんと迎えにきてくれるし、パーティー中は私が本を読みたいと言ったら笑顔でソファーを勧めてくれて、私の気持ちを優先してくれる。
友人から『セルジュール様がパーティー中、ずっと色々な女性とベタベタしていたわよ』とタレコミをもらったけれど、政略結婚なのだから浮気の一つや二つ構わない。
私は子どもさえ産めばいい。
それ以外は自由にさせてくれる。
最高の婚約者ではないか。
そう答えると呆れられる。
でも、興味がないのだもの。
この日は我が国の王太子殿下の誕生日パーティー。
いつも通りセルジュール様にエスコートされて会場に入ってから別れる。
壁際のソファーに座り、持ち込んだ本を開く。
学園で一緒だった令嬢たちが近くを通り過ぎ様、「まあ、またお一人ですの?」と怪訝そうに声をかけてくる。
元気よく「はい」と返事をすると、別な令嬢が「それに、そのドレスは夏季用のものではありませんの? 秋季のドレスをセルジュール様に贈っていただいたりはいたしませんの?」と、まるで不憫そうに見下ろされた。
ドレスを、贈ってもらう?
「そんな。まだ結婚もしておりませんのに、そんな高価なものをねだることなどできませんわ。肌寒くはなってまいりましたが、上着を着れば耐えられますし」
「でも、そのドレス学生時代から着ておられましたわよね?」
「はい。母が繕ってくれますから」
令嬢たちが顔を見合わせる。
ドレスにはやりすたりがあるのはわかっているが、うちにはドレスを買う余裕はない。
それにセルジュール様にドレスをねだるなんてはしたない真似できないわ。
あと、そろそろ解放してもらえないだろうか。
本の続きが読みたい。
「でも、ちゃんと贈っていただいた方がいいわ。セルジュール様の甲斐性を疑われましてよ」
「え。あ、そ、そういうこともあるのですね。は、はい」
そういうモノがあるのか。
でもまあ、それはセルジュール様がご自分のためにやるかどうかをお決めになることだから。
本の続きを読もう。
今日持ってきた本はセルジュール様に頼んで古書を譲っていただいた。
この国には少し珍しい、神々の物語。
こういう神について書かれている本は神殿の蔵書にしかない。
聖人、聖女は八神の生まれ変わり。
地の神、ガイア。水の神、ウィンディーナ。火の神、イグニッド。風の神、シルフィ。季節の神、ディアモンド。音楽の神、クラレット。安穏の神、ディオッド。知識の神、アルヴァーニュ。
神々はこの世界を創造し、想像したこの世界の維持と均衡を保つために人間に受肉して降臨される。
しかし、人間の人格を尊重し、お力だけを与えて天に戻られる。
神の転生者である聖人、聖女は神殿に所属し、枯渇した神力を与える役目を負う。
……我が国ティヴァロニ王国には火の神の聖女と水の神の聖女、音楽の聖人がいる。
枯渇は、人間が生まれ生活すると様々なものが消費されて起こる現象。
たとえば、川の水、井戸の水を使い続ければ数十年周期で枯れてしまう。
その枯れた土地に神殿により派遣されるのが、水の聖女。
そんな感じ。
これら八柱に感謝と祈りを捧げるのが『八神教』。
しかし、四十年前に『九柱目の神の転生者』を名乗る聖人が現れた。
その聖人の名をロドリゲス・クセス。
南部は瞬く間に九柱目の聖人を認めて重宝するようになるが、我が国を始め数多の国々が九柱目の神を認めず、侵略戦争を避けるためにロゲオス帝国の属国になる国が続出。
だから我が国はロゲオス帝国のおかげで、戦場になることを避けられている。
私たちがこうして平和に王太子殿下のお誕生日を祝えるのも、属国になったおかげ。
もちろんその対価として多くの税として食糧や物資を帝国に納めているけれど。
我が家の極貧が加速した理由も、増税のせい。
でも仕方ない。
領民の平和のため。
私の領地は割と大陸中心部に近い上、平地が多くてもしも侵略されたなら辺境伯の守りが崩れれば真っ先に襲われる。
戦場に適した場所だから、絶対に……。
それを避けるための国王陛下の判断。
私の家は、むしろ帝国の属国になる判断に感謝した。
あれ、この本……帝国の歴史も載っている。
帝国はすでに三百年の歴史があり、現在の皇帝は七代目。
四十年前から始まった侵略戦争には現皇帝の第三皇子、ジルグロッセ・ドゥロッテ・ロゲオス様が最前線に立ち続け、英雄として記載されている。
多くの国々を守るために、十年以上最前線を維持しておられる名将軍。
古書としていただいたけれど、本の最後に書いてある発行日は二年前のもの。
そうか、もうこんな近年の歴史も書き残されているのね。
近年の歴史が載っているということは、この書籍に書いてある内容はかなり真実味がある。
その時、突然本に影が差す。
驚いて顔を上げると、二メートル近い長身の筋肉質男が見下ろしている。
濡れた鴉のような真っ黒な髪と夜明けのような紫色の瞳。
だ……誰!?
「俺と結婚しろ」
「は――はい?」
「ジ、ジル!?」
「ジルグロッセ様!?」
本当に誰!?



