帝都まで一週間。
手紙の内容が気になることもさることながら、砦と戦況も気になるところ。
一刻も早く用件を聞き、一秒でも早く帰還しなければ。
もちろん、一目でもいいからシャーリーに会いたい。
彼女には礼を言わねばならないことが、たくさんある。
速馬を数頭使い、本来一週間の道のりを四日に短縮して帝都に入った。
そのまま城まで駆け抜けて、城門に入ったら馬を兵に預けて兄と父のもとに早足で向かう。
「ジルグロッセ、戻った」
「おお、ジルグロッセ……! こんなに早く戻ってきてくれるとは」
「助かるよ。とんでもないことが起こってしまったからね」
「なにがあった? 敵襲か? 暗殺者か?」
カッカッ、とブーツを鳴らしながら執務室に飛び込み、父と兄に詰め寄る。
見たところ父も長兄も無事のようだ。
では、母か? 次兄か? それともその家族か?
焦るジルグロッセとは逆に、父はふっと微笑む。
「悪いことで呼んだわけではない。むしろ、よすぎて困った」
「どういうことですか?」
「お前が連れてきた婚約者、シャーリー・シャレルット嬢が国公図書館で古文書を読み解いた」
「は――?」
古文書。
神が書いた書を、古代人が書き写したと言われる書籍。
かつて世界に人間が生まれたばかりの頃、知識の神アルヴァーニュが、文字の原型として神が与えたもの。
現代では読み方はもちろん、考古学者でも読める者は少ない。
聖人、聖女でも読み解くことはできないもの。
「読んだ……? 古文書を? ……学んでいたと言っていましたか?」
「独学でな。ただ、本人も『本当に読めるとは思わなかった』と言っていた。文字の進化を辿っていたことがあるらしくてな」
「まさか……」
読書が好きだとは言っていたが、文字の研究までしていたというのか。
そこまでくると、もはやちょっと変な人だ。
独学で古代文字まで読めるようになるとは、読書への執念が凄まじい。
若干頭を抱えたくなる。
「だが、古代文字が読めた者には神殿で『神の書』の試練を受ける資格が生まれる。本人に試験を受けるかどうか聞いたところ、『読みたい』と満面の笑顔で答えられてな」
「………………まあ。そう、言いそうだな」
なんなら、本人はその“試練”の意味もわかっていないのではないだろうか。
説明したのか、と次兄の方を見ると、『嫁が今日説明しているよ』と肩をすくめられた。
『神の書』を読む試験。
それは知識の神、アルヴァーニュの生まれ変わりであるかを確認するものだ。
知識の神アルヴァーニュは、他の神々と違って明確な神力を持つわけではない。
そのため、試金石として用意されたのが知識の神アルヴァーニュの転生者しか読むことのできない『神の書』――『予言』と『真実』の書かれたもの。
つまり、予言を読み上げたなら彼女は何百年ぶりかに現れた、知識の神アルヴァーニュの転生者。
――アルヴァーニュの聖女だ。
(冗談が真実になりそうだな)
もちろん、まさか本当に彼女がアルヴァーニュの聖女だとは思っていない。
古代文字を読める者はいないわけではない。
九神教が現れてから、神々のことを調べる者が増えた結果、考古学を研究する者も自然に増えた。
古代文字が読めるのは、最初の入り口に過ぎない。
独学なのは本当にすごいが、一種の可能性が生まれたたけだ。
だが――。
「もしも彼女がアルヴァーニュの聖女であれば、我々は神に『真実』を問うことができる」
「……はい」
『神の書』には『予言』と『真実』が浮かび上がる。
アルヴァーニュの転生者のみが、神々に問い、その答えが書かれた書を読み上げられるのだ。
つまり、シャーリーがアルヴァーニュの聖女ならば、この三十年間の苦しみが終わる。
九神教の、九柱目の神だと主張しているロドリゲスの真偽がはっきりとするのだ。
九神教側からしたら、アルヴァーニュの転生者ほど恐ろしいものはないだろう。
だが逆に言えば、八神教側もアルヴァーニュの転生者がロドリゲスを九柱目の神である、と断じれば認めなければならなくなる。
「世界が動くこととなる」
「しかし、彼女がアルヴァーニュの聖女かどうかは――」
「そうだな。だからこそ、早く調べた方がいいだろう。疑惑だけでも九神教の者にとっては脅威だ」
「……っ」
それには賛成であり、ジルグロッセが急遽呼び出された理由もよくわかる。
なぜならシャーリーはジルグロッセが連れてきた。
ジルグロッセの婚約者。
もしも彼女がアルヴァーニュの聖女だったら、ジルグロッセの婚約者にしたのは正解と言わざる得ない。
これ以上ない後ろ盾だ。
「本人が試練をぜひにというのなら、今日中に受けてもらおう。ジルグロッセ、お前同席しなさい」
「今帰ってきたばかりですが」
「すぐに風呂に入って着替えてきなさい」
「……了解……」
急ぐのは賛成だ。
自室に向かい、すぐに風呂に入り身を清めてから礼服に身を包む。
神殿はなにかと口うるさい。
身支度を整えてから、帝都にある大神殿に兄たちとともに向かう。
そこには、一ヶ月ぶりに会うシャーリーもいた。
「あ、ジルグロッセ様!」
「シャーリー」
笑顔で手を振るシャーリーに、感動する。
自分に向けて、笑顔を向けてくれる女性など身内以外にいなかった。
(これが婚約……)
ちょっと違う。



