壁の花がいたので婚約破棄させて連れ帰ってみた。


 ジルグロッセ様が戦地に戻られてから数日後、まだまだ皇族への嫁入りのための生活に慣れていない私のもとへジルグロッセ様から手紙が届いた。
 内容は――『手紙を書いたことがないので、おかしかったら申し訳ない』という出だしから始まっている。
 もうこの時点で王侯貴族の手紙としては初めてのことで、目が丸くなった。

「シャーリー様、アビゲイル様とジュエリ様がお越しです」
「あ、はい。すぐに行きます」
「ジルグロッセ様からのお手紙は読まれて――お返事を書いておられましたか。でしたら、お二方にはしばらくお待ちいただきますか?」
「そんな! 皇族の方をお待たせするなんて! ……あの、でも、一応書いた返事をお二人に確認していただくことはいいでしょうか? ルシカさん」
「それは構わないと思いますが……」

 完全に私専属侍女になってくれたルシカさんにお願いして、ジルグロッセ様へのお返事をアビゲイル様と、ジルグロッセ様のお兄様の奥さん、義姉のジュエリ様に見ていただくことにした。
 正直、皇族の方の手紙の普通がわからないし、当然その返事もこれでいいのかわからない。
 わからないことは聞けばいい。
 というか、聞くしかない。
 そのための花嫁修行期間だ。
 それでなくとも私は色々足りていないのだもの。
 ここで変な意地を張っている場合ではない。
 書いた返事の便箋をまとめて一階応接間へと下りる。
 手紙を一度ルシカさんに預けて、扉の前で深呼吸。
 入室前から試験は始まっている。

「お待たせいたしました。本日もどうぞよろしくお願いします」

 ルシカさんに扉を開けてもらい、スカートを摘んで少しだけ持ち上げる。
 右足を少しだけ折り、左足の後ろに移動させて腰を曲げた。
 この時の角度が、本当に難しい……!

「及第点になったわね」
「ええ。今日のお辞儀はなかなかよ、シャーリーさん」
「ありがとうございます」

 安堵した。が、ここで顔を上げると減点される。
 淑女はすぐに顔を上げて喜ばない。
 グッと堪えて、ゆっくり姿勢を正すとアビゲイルさんから手を叩かれた。
 挨拶終了の合図だ。

「いいわいいわ! 日に日によくなっているわね! 挨拶は完璧じゃないかしら!」
「そうね。初日に比べて本当によくなっているわ。でも、挨拶はどれだけできても足りないから、引き続き練習は欠かさないでね。皇帝陛下や皇妃様の前ですることを念頭において」
「は、はいっ!」

 そう言われると緊張が増す。
 そうよね、いずれは皇帝陛下や皇妃様にもお会いしなければならないものね。
 ぐぬぬ。

「シャーリー様、お手紙のことを」
「あ、そ、そうね」
「手紙?」
「は、はい。あの、ジルグロッセ様からお手紙をいただいて、近況を聞かれていまして。そのお返事を書いたのですが、これでいいのかを見ていただけませんか?」
「まあ、面白そう!」
「ジルグロッセ様のお手紙は抜いております」
「なんだぁ」

 ぱあ! と一瞬で嬉しそうな表情になるアビゲイルさん。
 それに鋭く釘を刺したルシカさんが、二人に私の返事の手紙を手渡す。
 その間に席に座り、別の使用人が素早く淹れてくれたお茶を一口飲む。
 お、美味しい……!
 やはり実家で飲んでいたお茶とは茶葉からして違う!

「ええと……なに? この、豆のスープのレシピや、肉のレシピ……?」
「あ、ジルグロッセ様のお手紙に、砦の近隣で起きている困りごとが書いてありましたのでそれに対する解決法を私なりにまとめてみました」
「どういうこと?」

 心底不思議そうにされるので、仕方ないなと思いつつジルグロッセ様のお手紙の内容を話すことにした。
 ジルグロッセ様がいらっしゃる砦はとても大きく、いくつかの村が内包されているような場所なのだそうだ。
 戦場に疎い私には想像しかできないけれど。
 そして、私の故郷と同じく飢饉が続き村々は野菜や麦しか口にできないないのだろう。
 病が流行り、症状が詳しく書いてあった。
 野菜はあまり育たず、過酷な環境でも育つ強い品種の小麦だけはよく育つためパンや麦がゆが主食の状態が続いている。
 ジルグロッセ様などの兵たちは支給品で肉を食べていたが、村の人たちに分けるほどの量はまだ届かない。
 そもそも飢饉で家畜もうまく増やせていない状況。
 だから私が提案したのは飢饉に強い豆のスープと豚肉のレシピ。
 豆はティヴァロニ王国――というか私の実家で作っていたものを勧めた。
 鏡台の中から見つけたあの日記――祖父の幼い頃の日記。
 その祖父の日記の中に幼少期に起こった『脚気(かっけ)』という病のことが書いてあり、それに対する治療法も書いてあった。
 あれは栄養が偏ったために起こる病であり、豆や特に豚の肉がいいという。
 だから実家の領地は豆を中心に作っていたのだと、あの時初めて合点がいったものだ。
 あの豆は長年研究されて、脚気に効くように改良されたらしい。
 私にとってはただの豆だが、私たちシャレルット家やシャレルット領民が脚気にならなかったのはまさにその豆を食べていたおかげ。
 だが当然、豆だけでは栄養が足りない。
 豚肉は脚気に罹る者が欠乏させてしまう栄養素が、特にたくさん入っている食材。
 干し肉でも構わないからとにかくまずは豚の肉をたくさん、安定的に摂取するべき。
 実家に置いてあった祖母の残したレシピの中に、豆と豚肉のスープのレシピがあった。
 おそらく、あのレシピは脚気に対する予防食だったのではないだろうか?

「というわけで、豆と豚のスープを提案しました」
「「な、なるほど」」