壁の花がいたので婚約破棄させて連れ帰ってみた。


「ジルグロッセ様、城の方からお呼び出しです」
「ああ、わかった」

 残念だが、仕事の時間だ。
 シャーリーをアビゲイルに任せ、馬で城へと向かう。
 あとは女同士、上手くやってくれることだろう。
 そのあたりはアビゲイルを信用している。
 城に到着するとすぐに皇帝の執務室へと通された。
 それなりに広いはずの執務室には、重臣と兄が二人。

「なにか動きでもありましたか?」
「大きなものではないが、九神教が沿岸部オズブ国ニュージブに進軍しているとの情報が入った」
「ニュージブ……港町だな」
「うむ。だが、九神教はすでにいくつもの港町を持っている。なぜにニュージブに目をつけたのか」

 この大陸の中心部から東西北はほぼすべて帝国の支配下にあると言っても過言ではない。
 南部を海岸に沿うように九神教が支配している。
 故にさほど海は重要視されていない。
 こちらが攻めるにしても、海はあまり現実的ではないからだ。
 なぜニュージブが狙われているのか?

「ハングラン半島に攻め込む足がかりにしようとしているのでは?」
「ハングラン半島、だと?」

 全員が地図を見下ろす。
 ハングラン半島はオズブ国から東部にある小大陸、アングラング王国の一部。
 海の向こう側の大陸なので、アングラング王国は九神教ともロゲオス帝国とも関わりが薄い。
 当然、帝国の属国というわけではない。
 むしろ、こちらの大陸のことは他人事のように沈黙を決め込んでいる。

「こちら側への侵略戦争が硬直状態だから、隣大陸を手に入れようとしているのかもしれません」
「なるほどな。厄介な」
「アングラング王国には注意喚起ぐらいしておくべきでしょう。助けを求めてきたら、その時は傘下に置くもよし。聞かぬのならば自分でなんとかすればいい」
「そうだな。そのぐらいに留めておくか。死者の手配を」
「はっ」

 重臣の一人が頭を下げて「私にお任せを」と名乗りを上げ、すぐに使者の手配を行うために部屋を去る。
 残りの重臣と兄二人、そして父は「では、次はニュージブか」と地図を見下ろす。
 オズブ国はその隣接する国、マーゴン国と同盟を結び、帝国の庇護を申請せずに自衛を続けている国だ。
 別に大陸のすべての国が帝国の属国になっているわけではない。
 九神教に属していない、かつ、帝国の庇護を必要とせずに独立を保つ国は一割にも満たないだけである。
 そして、九神教の地域と隣接している独立国は残り二つ。
 そう、オズブ国とマーゴン国。
 九神教はあえて、属国ではないこの二ヶ国に目をつけたのだろう。
 だが、帝国の傘下になることを望んでいないということは、その分自衛ができる自信がある、ということだ。
 ロゲオス帝国の上層部に話が来ているのなら、現地であるオズブ国とマーゴン国には九神教の狙いが自国だとすぐに察していることだろう。
 ならばこちらから手を差し伸べることは、できない。

「しばらくは様子見か」
「いや、一度ギャランゼに戻る」
「は? 婚約者が来たばかりだろう」
「その隙を狙われているのかもしれん。俺が帝都に戻っており、なおかつオズブとマーゴンの方に注意を引きつけておく……という作戦の可能性もある。こちらの工作の進捗確認も行いたい」
「ふむ……九神教の者たちはそのぐらい小賢しい、か」
「せっかくお前が婚約者を連れてきたのに」

 拗ねるような言い方をしたのは次兄ミゲイル。
 父と兄の補助として動き回っており、性格は長兄イガルダよりもどこか軽い。
 正確には、軽いように見せかけている。
 その方が“敵”の油断を誘いやすいからだ。
 見目が整っており、なおかつ小柄なのも油断を引きやすい。
 次兄は自分のありとあらゆるところを悪用……利用して内政を掌握している。
 次期皇帝が長兄なのは揺るがないとされているのは、この次兄が「自分引っ掻き回す方が向いている。そんな自分が皇帝になるといろんな場所に迷惑がかかるのは間違いなくなっちゃう。自分の手綱を引けるイガルダ兄様じゃないと、皇帝は務まらないよ」と公言しているため。
 実際本人に皇帝になる気は皆無。
 仕事面倒くさい、サボれるならサボって嫁と子どもと観劇したり、絵画鑑賞したい。一番は嫁の描いた絵画。
 と、いうのを一貫している。

「婚約者は、読書が好きな女性だ」
「え? へえ?」
「ジュエリ殿と気が合うかもしれない。今はアビゲイルに任せている。時間が合えば、ジュエリ殿にも構ってやってもらいたい」
「へえ……そうなんだ。それは興味深い女性だね。わかった、ジュエリに伝えておくよ」

 ミゲイルにそう頼んで、執務室を出る。
 城の自室に戻り、服を着替えてその間に出立の準備をさせ早々に城、そして帝都を出た。
 最前線のギャランゼは、九神教国家と隣接するジュレッザ国国境に建つ巨大要塞。
 程度から六つの小国を通り過ぎて七つ目の国。
 約一週間の旅路である。
 いつまでギャランゼ要塞にいなければならないかわからないが、次にシャーリーに会えるのは一ヶ月後か、二ヶ月後か。
 工作員の進捗によっては半年、一年も考えられる。

(こういう場合、どうしたらいいのか)

 普通に考えれば手紙。
 だが、女性を喜ばせるような手紙を書ける自信がない。

(やるしかないか)