壁の花がいたので婚約破棄させて連れ帰ってみた。


「ああ、持っていけるようなドレスは二着だけか……」
「シャーリー様のお召し物は帝都で用意しておきます。装飾品や靴なども帝都でご購入なさればよろしいでしょう。持たせたい家具類がございましたらこちらで輸送いたしますのでお申しつけください」
「あ、あ、は、はい……ちょっと見てみます」

 がっくり項垂れる母。
 私の手持ちのドレス、余所行きのワンピースドレスも二着。
 普段着は布が擦り切れた部分には他の服をカットして布を縫いつけて使っていた。
 ルシカさんは私の普段着のワンピースドレスを見ると、眉を寄せる。

「いくらなんでも貴族としてこのお召し物は……。いったいなにをどうしたらこのようなことになるのですか?」
「そ、そもそも収入が少なく……」
「はあ……」

 母をじとりと睨みつけるルシカさん。
 ああ、多分……知っているんだな。

「ルシカさん、私の荷物はこのくらいなのです。木箱に入れるので、持ってきてもらってもいいですか?」
「木箱? 鞄はお持ちではないのですか?」
「はい」

 頷くと渋い表情。
 そのあと「わたくしの鞄をお貸しいたします。少々お待ちください」と言って踵を返す。
 部屋から出て行ったのを見てから、母の方を見る。
 俯いて苦い顔をする母。

「きっとルシカさんは我が家の内情を全部ご存じなのね」
「う、うるさいわよ。仕方ないでしょう……!? 旦那様が賭けごとで作った借金のことは! せめて嫡男のエワードだけでも見た目をよくしておかないと!」
「そうですね。私もそれに関しては納得しています」

 極貧貴族なのは、まあ、だから仕方ない。
 父が若い頃、母と結婚して間もなく賭けごとをして多額の借金を作った。
 その後雨が降らなくなり、旱魃が数年。
 支援金を領地に注ぎ込み、収入を増やそうとしたが旱魃は容赦がなく、結局嫡男の兄エワードの見目と教養になけなしのお金を注ぎ込むことにした。
 どこぞへ嫁ぐだろう私と弟のニックはお金を極限まで――それこそ平民たちの中でもさらにお金がない貧乏人並みの生活を強いられる。
 しかし、お金がなく、後継の兄にお金をかけなければならないということは私たちにもわかっていた。
 だから私は、せめてニックには、と思って自分にかけられる分をニックにかけてあげて、と親に頼んだ。
 本が好きだから、本さえ読んでいれば私は学校に行かなくてもよかったし。
 まあ、貴族籍がある以上貴族学園に行かないのは罪に問われるので行ったけれど。
 学園は幸い制服があったから、服には困らなかった。
 本を読んでいたから、どの野草が食べられるのかを知っていた。
 写本の仕事をもらい、それで稼いで自負の食費に充てれば学園生活はそれほど厳しいものでもなかったし。
 むしろ学園にいた頃に貯蓄もできたし、図書館で本は読み放題だし、本当に幸せな時間だった。
 まあ、貯蓄した分は父の借金返済に充てられて今はないけれど。
 写本の仕事は今も続けているし、稼げたお金でニックや兄の服や食事が買えたからいいでしょう。
 私はたくさん本が読めるし、不満はなかった。

「あなた、本当にどうして帝国の皇子殿下に見初められたの? どう考えてもあなたが選ばれるなんておかしいでしょう」
「私に言われても。本当にわからないんです。ジルグロッセ様にお会いしたら聞いてみますね」
「くっ……。と、とにかく、結納金を弾んでくださるそうだから……わ、わかっているわよね?」
「それは……まあ……聞いてみますけれど……。父様にはもう賭けごとはさせないでくださいね?」
「当たり前でしょう」

 部屋を見回し、母は深く溜息を吐いて「あなたの結納金が入ったらすぐにエワードに爵位を継がせるわ」と言い出す。
 確かに、兄様に爵位を渡して父様には現場に出てもらった方がいいかもね。
 疲れ果てれば賭けごとに興じる体力も残らないだろうし。

「とにかく、鏡台だけでも持っていきなさい。なにも持っていかないのはティヴァロニ王国の貴族の品位が疑われるわ」
「わかりました」

 と言っても……私の部屋の鏡台は祖母から受け継いだもの。
 ほとんど使ってはいないし、引き出しにはなにも入っていない。
 いや、持ち出すのなら一応、引き出しの中は確認しておこう。
 服をある程度まとめ、母が持っていけと言ったら祖母の形見の鏡台に近づく。
 上から引き出しを開けてみて、中になにも入っていないのを確認する。

「ベッドは帝都に行ったら豪華なモノを与えてもらえるはずだから、これは処分するわね。冬場の薪木にちょうどいいわ」
「はい。わかりました」

 ベッド。
 あのベッドも子どもの頃に祖父に買ってもらったモノ。
 溜息を吐きながら最後の一番下の引き出しを開けると、カタ、と妙な音が聞こえた。
 すごく小さな音だったけれど、なにかが動く音。
 まさか、と思って引き出しの底を押してみると、二重底になっている。
 すごい、本当に推理小説のようなことってあるんだ。
 嬉しさと感動を噛み締めながら板底を取り払うと、本が一冊出てきた。
 これは……日記帳、かしら?

「お祖母様のものかしら? 移動中の読み物として、読ませていただこう」