壁の花がいたので婚約破棄させて連れ帰ってみた。


 私の名前はシャーリー・シャレルット。
 ティヴァロニ王国の辺境近くにある領地を預かる極貧子爵家の長女である。
 上に兄、下に弟がいるので私は裕福で爵位が上のセジュール・ルルオール様のところへ嫁ぐことが決まっていた。
 だが、つい一週間前の王太子誕生パーティーにて、私の人生は一変する。
 一変、としか言いようがない。
 なんと大陸最強最大のロゲオス帝国第三皇子、ジルグロッセ・ドゥロッテ・ロゲオス様に突如、求婚されたのだ。
 本当になにが起こっているのかわからなかった。
 でもあっという間にジルグロッセ様から派遣されたルシカさんという侍女の方が同行して実家に帰され、父と母と兄に詰め寄られる。
 どういうことって、そんなの私の方が知りたいよ。

「――ということで、ジルグロッセ様はシャーリー様をお見初めなされました。大至急現在の婚約を破棄し、ロゲオス帝国、帝都ロゲオスに輿入れの準備をして入られることを要求いたします」

 我が家に帰ってきて、先触れの手紙を読み終わってもまだ混乱状態の父に対して言い放つルシカさん。
 父、口をあんぐり開けて硬直。
 母は口を手で覆い、兄は父のように口を開けていたがすぐに「どういうことですか」と聞き返す。

「今申し上げた通りです。ジルグロッセ様がシャーリー様をお見初めなされたのです。シャーリー様には第三皇子夫人となるべく、帝都ロゲオスに来ていただきたいのです。無論、相応の結納金のお支払いと便宜はお約束させていただきますわ」
「いや……そ、そういうことでは、なくて……! ど、どこをどうしてうちのシャーリーを、帝国の第三皇子殿下が見初めてくださるという意味のわからないことが起こりえるのですか……!?」
「パーティーの際中、お一人でいらっしゃるシャーリー様を見て一目でお決めになられたようです」

 それって私が一人で読書をしていて悪目立ちしたってことを言ってませんか!?

「詳しいことを求められましても、わたくしはジルグロッセ様ではございませんからこれ以上の説明は不可能でございます。第一皇子イガルダ様よりシャーリー様のお気持ちを最優先で考えて構わないとおっしゃっております。ジルグロッセ様からの求婚を断られ、現在の婚約者を愛しておられるのなら引き続きその方との婚約を続けてくださっても、今回の騒動の謝罪金としてまとまった額をお支払いする用意はございますので、お気軽にお断りくださっても構いません」
「ソッッッッッ……!」

 ぺこ、と頭を軽く下げるルシカさん。
 父の血を吐くような声は、ごくん、と嚥下される。
 そんなこと簡単にできるわけがない。
 兄も顔色が一気に悪くなる。
 母がちらり、と私の方を見て、「シャーリーの気持ちを優先してくださるの?」と問う。
 そのことはパーティーの翌日の食事会でもおっしゃってくださった。

「はい。でも、私はお父様が許してくださるのならジルグロッセ様のところに嫁ぎたいと思いました」
「な、なんだって!? 本気なのか!? シャーリー!」
「はい。翌日食事にご招待くださって、好きな本について色々お聞きして、とても誠実でお優しい方だと思いました」

 なんて、本当のところは帝都の国公図書館にとても興味がある。
 そんなこと口が裂けても言えないけれど。
 セジュール様とジルグロッセ様だったら悩むことなんてないと思う。
 セジュール様は私に興味ないし、私もセジュール様に興味がない。
 婚約者として最低限のつき合いは義務的にしてくださっているけれど、セジュール様の本音はもっと多くの美しい女性と仲良く楽しくしたい、だろう。
 それに対してジルグロッセ様は私の目を見て話してくださる。
 最初の強引な印象と、食事会の時の印象はだいぶ違う。
 あの方はとても――傷ついている人だ。
 我が領は数年置きに旱魃で飢餓に苦しめられることがある。
 彼の瞳は、食べ物がなくて絶望した人間の瞳に似ていた。
 第三皇子ジルグロッセ様は、十年以上国境で最前線で戦い続けている方。
 精神的にとても磨耗して疲弊しているのではないかしら。
 たった数十分だけお話ししただけだけれど、セジュール様とは決定的に違う。
 私を見た。
 あの方は、私の顔を、目を見て話をしたの。
 私の話を聞いて、私と向き合って話をしてくれた。

「誠実で、お優しくて、繊細な方でした。セジュール様とは比べるべくもない重圧と緊張感に晒されてなお、私のような田舎の下級貴族にも嫌な顔を一つせずに話を聞いてくださったの。とても素敵な方よ」
「まあ……」
「シャーリー……」

 なぜ私なんかを、って今でも思う。
 でも、私を見つけてくださって、私を望んでくださった。
 政略的な意味合いで、『じゃあお前で』と選ばれたわけではなく、ジルグロッセ様は“私”を選んでくださったのだもの。
 あの瞳も表情も、適当に『こいつでいいや』というものではなかった。

「シャーリーがここまでいうのなら、父様」
「う、うむ……そ、そうだな。シャーリーの気持ちが最優先、なのですよね?」
「はい。シャーリー様が了承くださるのでしたら婚約破棄の手続きなどは必要なもの以外、こちらですべて進めさせていただきます。シャーリー様は輿入れの準備を始めていただければと」
「わ、わかりました」

 兄が味方になってくれたおかげで、父も母も納得してくれた。
 しかし、急すぎる。
 母も慌てて私の自室へと向かい、クローゼットを開く。