あの時間を忘れる方法が あるなら

私には勉強という道を選ぶ選択肢などなかったけれど、弟は大学へ進学だって出来るかもしれない

これまで沢山の夢を諦めてきたけど、せめて家族だけは幸せになって欲しかった

正直‥お金はなかったけれど、温かくいつも優しく育ててくれた両親の事が大好きだ‥‥

だからこそ、悩んだ挙句俯いていた顔を上げて目の前の男性の目を真っ直ぐ見た。


「‥‥わかりました‥契約します。」

自分が飲み込む事で誰かが救われる‥‥そう思えば大したことじゃない。

‥むしろ今の生活がより豊かになるのなら受けない選択などないのだ


私の答えに一瞬彼の眼差しが和らいだようにも見えたが、すぐに一枚の用紙を私に静かに差し出したのでそれを受け取った


『いいか?一つだけ言っておく。身代わりとはいえ俺は君のことを愛することだけはない。ただ、必要な時に彼女のフリをしてくれればそれでいい。それが出来るなら書いてある契約内容にサインしろ。』


ドクン


愛することはない‥‥か‥‥
そんなことはわざわざ言われなくても分かりきっている‥‥

この契約は、彼の大切な女性が目を覚ますまで
‥‥そういう契約なのだから

一通り目を通す間も、自分に向けられる視線に気付かなかったわけじゃないが、サインをする以上はしっかりと、目を通しておきたかった

「‥‥これでいいですか?」

恐るおそるサインをした用紙をデスクに置けば、男性は私の書いた場所を目で確認すると、立ち上がりデスクの前に立つ私の方へとやってきた