winterlovesong 雨の中の恋歌

 敬子はスッキリした頭でアパートに帰ってきた。 「あんな客も居るんだなあ。」
たいそうに金も持ってはいるらしい。 しかし手癖が悪いとかで誰も傍には寄らない。
 「あんなんじゃあ寂しいだろうになあ。」 そう思いながら今夜も布団に入るのである。

 次の金曜日、兼田は同僚らしい男を連れて飲みに来た。 「畑山君だ。 同僚の一人でね、去年は環境課に居たんだ。」
「畑山邦弘です。 よろしく。」 ぎこちないが丁寧な男らしい。
彼には清美が付くことにした。 焼酎をロックで飲んでいるみたいだ。
「私だって水割りじゃないと飲めないのに強いのねえ。」 「そうでもないよ。 まだまだだ。」
 兼田は敬子の隣で水割りを飲みながら煎餅を摘まんでいる。 敬子だってやっと話せるようになってきたかな、、、?
ママは入り口を見詰めている。 そろそろ友田たちが大手を振って入ってくる頃だから。
 「こんばんニャー‼」 出来上がった顔で友田が入ってきた。
「何処で遊んでたの?」 「いいじゃねえか。 女を抱いてきたところだよ。」
「元気いいのねえ。」 「当り前だ。 まだまだ若いんだから。」
「誰がよ?」 「もちろん俺だあ。」
「あっそう。 私さあ若い人は苦手だから。」 「えーーーー? いっつもくっ付いてるのにーーーー?」
 「こんばんこーーーーー。」 そこへ大島が入ってきた。
「遊び人2号がご到着でーーーす。」 「何だよ清美ちゃん?」
「二人で遊んできたんでしょう? エッチ。」 「いいじゃん。 この世には男と女しか居ないんだから。」
 「男と女ねえ。 どっちつかずも居るじゃない。」 「ママ、それってどういう意味?」
「友田さん ほんとに男なの?」 「証拠を見せるか?」
「いいわよ。 見たくないから。」 ズボンを脱ぎかけた友田を慌てて清美が抑え込む。
「やられたわね。 今夜もたっぷり飲んで行ってねえ。」 「飲むだけなの?」
「遊んできたんでしょう? うちで問題を起こされても困るから。」 「ママじゃないんだから。」
 敬子はいつもの漫才を聞きながら兼田の隣で飲んでいる。 「今日はさあ、役所でおっさんたちが喧嘩しちまって、、、。」
「喧嘩?」 「あれを知らないだの、これを分かってないだのって、、、。」
「細かいことを言ってくる人って居ますよねえ。 うちの病院にも居ましたけど、、、。」 「病院? ああ、敬子ちゃんは看護婦だもんね。」
「患者さんにもいろんな人が居ますから、、、。」 敬子はフッと溜息を吐いた。
 兼田はそんな敬子の太腿に手を置いてみた。 「あったかい。」
その手の上に右手を重ねてみる。 何だか兼田の思いが伝わってくるような気がした。

 店を閉めた後、掃除をしながら清美が聞いてきた。 「ねえねえ敬子。 兼田君の手を握ってたわよね?」
「う、うん。」 「もしかして好き?」
「うーーーん、それはまだ分かんない。」 「思わせぶりならしないほうがいいわよ。 本気にされたら後が大変だから。」
 実は2度結婚に失敗している清見は敬子の眼を見詰めた。 (あたしみたいに失敗したら後が大変なんだからね。)
二人とも婚約するかしないかで喧嘩して別れたんだ。 以来、彼女は誰とも付き合わないことを心に決めていた。
 敬子はそっと握った兼田の右手が忘れられずに居た。 初めてだったから。
その帰り道、不意に立ち寄ったコンビニに兼田が居た。 「おや? 敬子ちゃんじゃないか。」
「兼田さん。 お買い物ですか?」 「うん。 日曜日は暇だからさ、週刊誌でも買おうかと思って。」
「そっか。」 「敬子ちゃんは何を買うの?」
「今日も仕事だからお弁当になりそうな物を買おうと思って、、、。」 「そうか。 頑張ってね。」
 兼田が数冊の週刊誌を持ってレジへ行く姿を見ながら敬子は何かを感じていた。 これまで男と気楽に話したことが無い彼女には新鮮な衝撃だったのだ。
コンビニからアパートに帰ってきた敬子は弁当を冷蔵庫に入れると布団の上に体を投げ出した。 「いつか、私も結婚して幸せにやってるんだろうなあ。」
 夫と向かい合って食事をする自分の姿を想像してみる。 「もし兼田さんだったら?」
そんなことを考えながら敬子はいつか夢を見ていた。

 朝になり安田内科の玄関を入る。 院長はまだ来ていないようだ。
もうすぐ8時40分。 他の看護婦もバタバタと走り回っている。
「今日も忙しくなりそうだからしっかり頼んだよ。」 「はーい。」
 受付カウンターの窓を開ける。 最初の患者さんが入ってきた。
と一緒に院長もやってきた。 「遅かったわね。」
「この人を迎えに行ってたんだ。」 「それでか。」
 富永雅代さんは近くで米を作っている農家の奥さん。 夕べから腹痛で寝れなかったんだそうで、、、。
診察室に入った富永さんは早速院長と真面目な顔で話し合っている。 「薬は出してみるけど中央病院で調べてもらったほうがいいな。」
「そんなに?」 「ただ張ってるだけとはどうも思えないんだ。 左の脇腹だよね?」
「そうなんです。」 「医者って仕事は悪いほうに悪いほうに考えるもんだからさあ、、、。」
「ってことは?」 「膵臓かもしれないし大腸かもしれないし腎臓かもしれない。 疑わしい物は全て調べてほしいんだ。」
「分かりました。」 ってことだから取り敢えず痛み止めだけを貰って帰っていった。
 「大丈夫なのかなあ?」 敬子がぼんやりしていると先輩看護婦が肩を叩いた。
「一喜一憂してる暇は無いのよ。 次から次へと患者さんは来るんだからね。」 確かにそうだ。
自分一人が悩んだ所でどうなるものでもない。 割り切らなきゃいけないんだ。
敬子は思い直して玄関を見詰めた。
 今日も外はいい天気。 白い雲がユラユラと流れていく。
実家に居た頃は祭日も何も関係無く田んぼに出ていた。 雑草を抜き肥やしを撒いて泥だらけになる。
帰ってきてもおやつなんて無い。 腹を空かしていても水で紛らわせるしかない。
贅沢なんて言えるはずも無く何処かで肩身の狭い思いをしてきた。 それが看護学校を出てこうして病院で働いていると何だか出世したような気になってくる。
 給料はそんなに高くはないけどそれで不自由を感じたことは無かった。 スナックで働き始めたのもほんの気晴らしのつもりだ。
休憩時間になっても患者さんは訪ねてくる。 「診察は後でやるから体温と血圧だけ測っといてね。」
院長はそう言って二階へ上がってしまった。 まあ、いつものことだ。
 弁当を掻き込んで先輩の突っ込み合いに耳を傾ける。 「あの人さあ、何なのよ?」
「どうした?」 「採決してたら胸をツンツンしてくるのよ。」
「ああ、愛子は大きいからなあ。 ちょっとくらい触らせてやりなさいよ。」 「嫌よ。 あんなじいさんにここで発情されたらそれこそ迷惑だわ。」
「そうかもだけどあの人もそう長くは無いのよ。」 「でも奥さんくらい居るでしょう?」
「10年前に海で溺れて死んじゃってるの。 寂しいのよ。」 「だからって私の胸を触らなくても、、、。」
「まあまあいいからいいから。 そのうちに落ち着くわよ。」 「そうだといいけどなあ。」
 敬子はお茶を飲みながらそのじいさんのことを思い出してみた。 「確かに採決されながらツンツンしてたっけ。
小酒井院長なら鷲摑みしてたよね。 あの先生は限度を知らない人だったから。
 いつだったか、旦那さんらしい人が来て「俺の嫁に何をしてくれるんだ‼」って怒鳴り続けたことが有った。 梓さんは先生を庇って必死に対決してたっけなあ。
でも最後には「うるさいから1000万渡してくれ。」って先生が言ってきて、、、。 「これで抑えてください。」って梓さんが、、、。
 (あんなことも有ったんだよなあ。 もう何年か前のことだけど、、、。) 「さあ始めるわよ。」
元気のいい声に敬子は現実に呼び戻されるんだ。 「午後はどうなるのかなあ?」
「どうにもならないわよ。 なるようになるだけ。」 待合室で煙草を吹かしていたおばさんがニヤッと笑った。
 ナース服に腕を通すのも何年目なんだろう? (そろそろ私も、、、。)
内科からの帰り道、敬子だってふと考えることが有る。 (いい人が居れば結婚したいなあ。)
 とはいうものの清美が言ったことを思い出してハッとすることも有る。 「思わせぶりならやめときなさいよ。」
兼田の手に自分の手を重ねたあの時、確かに敬子は何も考えてなかった。 仕事以外で触られたのは初めてだったし、、、。
 それからも何度となく兼田は飲みに来た。 年末も近付いたある日のこと、、、。 兼田は1枚のチケットを持ってやってきた。
その日は客があまり入らなくてみんな揃って暇を持て余していた。 10時近くになってドアが開いた。
 「こんばんは。」 その声に清美がすっ飛んで行った。
「どうしたの?」 「いえね、誰も来ないから暇を持て余してるのよ。」
「そうなのか。 静かだもんね。」 兼田は静かに笑うと敬子の隣に座った。
 「そろそろ役所も御用納めじゃないの?」 「そうなんですよ。 27日が木曜日だから。」
「そうか。 もうそんな季節か。」 ママも合わせるようにカレンダーに目をやった。
 この夜は兼田が誘ったという吉原という女も飲みにやってきた。 「珍しいわね。 女の子を連れてくるなんて。」
「実はね、ぼくら弾き語りで歌ってるんです。」 「え? 初めて聞いたわ。」
 兼田は1枚のcdを取り出した。 「2年前に作ってもらったcdなんです。」
「へえ、、、こんなこともやってんだ。」 清美はますます驚いた。
 「もちろん仕事が休みになる時だけ活動することを許してもらってます。」 「休みになる時だけねえ、、、。」
敬子は水割りを飲みながらぼんやりと考えている。 「そこでさ、敬子さんに見に来てほしいんだ。」
「見に?」 兼田はポシェットに入れておいたチケットを敬子の前に置いた。 「これってお金が、、、。」
「いいよ。 ぼくからの招待状だから。」 「招待状? そういえばマリアちゃんも誘ってたっけ。」
 ママが首を伸ばしてきた。 「あんたも出世したのね? 役所のほうでももっと頑張ってほしいのに。」
「いやいや役所のほうはぼくよりいいやつがたくさん居ますから。」 「謙遜しなくてもいいわよ。 こんな田舎じゃあそこまでいい人は居ないから。」
 兼田の隣で吉原美紀は静かに水割りを飲んでいる。 「そうだ。 ぼくだけ喋ってても悪いな。 美紀ちゃんを紹介しよう。」
実は兼田がギターを弾いて美紀が歌っているんだという。 ママはそのcdを掛けてみた。