貞夫にスマートフォンを差し出すと、彼はそれを受け取り、店を出ていった。
ふみが愛斗にそのときの経緯を話すと、愛斗はカバンから帽子を取り出し、ふみの頭にそっとかぶせた。
「なにしてるの?」
「これから尾行するぞ」
「うん」
二人は気配を消し、貞夫に気づかれないようにあとを追った。
貞夫は待ち合わせ場所で湊山尚子と合流すると、そのまま同級生が営む昔ながらの中華料理店へと向かった。
「いらっしゃい、貞夫さん」
「このお店、昔ながらの雰囲気があっていいですね」と尚子が笑う。
「ありがとうございます。貞夫さん、こちらは新しいデイサービスの方ですか?」と店主が尋ねると、貞夫ははっきりと答えた。
「彼女だよ」
「え、彼女ですか?」
「うん、俺に彼女ができたら悪いか?」
「いえ、悪くなんかないですよ」
「私、年上がタイプなものですから」と尚子が柔らかく付け加えると、店主は「そうなんですね」と頷いた。
二人は和やかに話しながら中華料理を味わった。
ふみと愛斗は店の外からその様子を静かに見守り、二人がデートを楽しみ、夜になって無事に帰宅し、貞夫が眠りにつくまで確かめた。
それから二日が過ぎ、貞夫は再び尚子とデートする約束を取りつけた。
彼はいつものように「もっちゃん」へと足を運んだ。
店の外では、幸輝と、子供の頃から貞夫を知る真と稔が、電柱の電球を交換する作業をしていた。
「あいらっしゃい」
「また来たんだな、彼女を連れて」と幸輝が声をかける。
「ああ」と貞夫は応え、尚子を伴って店の中へ入っていった。
作業を続けながら、稔が真に尋ねた。
「貞夫さんと一緒にいた女性は、どなただったんだ?」
「彼女らしいよ」
「あの方が?」
「うん。貞夫さんは年上の方がタイプだって聞いて、僕も驚いたよ」
「そりゃあ、誰だって驚くさ」
その頃、ふみと愛斗は家でくつろぎながら、夜の食卓を囲んでいた。
日の疲れもあってか、会話はゆったりと流れ、料理の味を確かめ合うように箸を進める。食べ終わり、食器を片付けてしまうと、部屋には柔らかな沈黙が訪れた。愛斗がふみの肩に手をかけ、ゆっくりと引き寄せると、ふみも自然に彼の胸元へと顔を寄せ、言葉の代わりに唇を重ね合わせた。夜の気配が二人だけの時間を優しく包んだ。
――翌朝。
空はすっきりと晴れ上がり、遠くの山並みまでくっきりと見える。愛斗とふみは、前から約束していた山登りへと出かけた。
頂上を目指す道すがら、木漏れ日が地面に模様を描き、風が梢を渡る音が耳に届く。時折立ち止まり、ふみが「あの花、きれいだね」と指をさせば、愛斗は足を止めて隣に並び、同じ景色を共有する。息が少し上がるところまで登り、ふと視界が開けた瞬間、二人は頂上にたどり着いていた。
「じゃあ、撮るよ」
愛斗がカメラを構え、まずはふみの姿をファインダーに収める。風が髪をなびかせ、背後にはまるで絵のような街並みと空が広がっている。シャッター音が響き、次に愛斗はゆっくりとカメラの向きを変え、眼下に広がる山全体の景色も切り取った。
「今度は一緒に撮ろう」
ふみが自撮りに近い角度で構え、肩を寄せ合いながら何枚もシャッターを切った。笑い合う瞬間、真剣に空を見上げる瞬間、指を絡める瞬間――記録に残る枚数だけでなく、その一場面ひとつひとつが心に刻まれていく。
写真を確かめ合うように見つめ合ったとき、自然と距離が縮まり、再び柔らかく唇を重ねた。頂上の風が二人の間をそっと通り過ぎる。
「そろそろお弁当、食べようか」
ふみがリュックから包みを取り出す。ふみの手作りだと知っている愛斗は、いつもより少しだけわくわくした顔で蓋を開けた。彩りよく並ぶおかずに、愛斗は「おいしい」と素直な言葉をこぼし、ふみも隣で笑う。山の空気が味の輪郭をはっきりと際立たせ、どんな高級店よりも心に染みる食事になった。
弁当を食べ終え、ゴミをまとめ、頂上の景色をもう一度心に焼き付けるように眺めた。それから二人は、来た道をゆっくりと下山し始めた。登るときよりも足取りは軽く、話題も尽きることなく、山道に声が弾む。
街の明かりが見え始める頃、ようやくふもとの道に合流し、家へと向かった。玄関をくぐり、靴を脱ぐと、外の世界の忙しさがすっかり遠くに消え、穏やかな日常のぬくもりが二人を迎え入れた。
ふみが愛斗にそのときの経緯を話すと、愛斗はカバンから帽子を取り出し、ふみの頭にそっとかぶせた。
「なにしてるの?」
「これから尾行するぞ」
「うん」
二人は気配を消し、貞夫に気づかれないようにあとを追った。
貞夫は待ち合わせ場所で湊山尚子と合流すると、そのまま同級生が営む昔ながらの中華料理店へと向かった。
「いらっしゃい、貞夫さん」
「このお店、昔ながらの雰囲気があっていいですね」と尚子が笑う。
「ありがとうございます。貞夫さん、こちらは新しいデイサービスの方ですか?」と店主が尋ねると、貞夫ははっきりと答えた。
「彼女だよ」
「え、彼女ですか?」
「うん、俺に彼女ができたら悪いか?」
「いえ、悪くなんかないですよ」
「私、年上がタイプなものですから」と尚子が柔らかく付け加えると、店主は「そうなんですね」と頷いた。
二人は和やかに話しながら中華料理を味わった。
ふみと愛斗は店の外からその様子を静かに見守り、二人がデートを楽しみ、夜になって無事に帰宅し、貞夫が眠りにつくまで確かめた。
それから二日が過ぎ、貞夫は再び尚子とデートする約束を取りつけた。
彼はいつものように「もっちゃん」へと足を運んだ。
店の外では、幸輝と、子供の頃から貞夫を知る真と稔が、電柱の電球を交換する作業をしていた。
「あいらっしゃい」
「また来たんだな、彼女を連れて」と幸輝が声をかける。
「ああ」と貞夫は応え、尚子を伴って店の中へ入っていった。
作業を続けながら、稔が真に尋ねた。
「貞夫さんと一緒にいた女性は、どなただったんだ?」
「彼女らしいよ」
「あの方が?」
「うん。貞夫さんは年上の方がタイプだって聞いて、僕も驚いたよ」
「そりゃあ、誰だって驚くさ」
その頃、ふみと愛斗は家でくつろぎながら、夜の食卓を囲んでいた。
日の疲れもあってか、会話はゆったりと流れ、料理の味を確かめ合うように箸を進める。食べ終わり、食器を片付けてしまうと、部屋には柔らかな沈黙が訪れた。愛斗がふみの肩に手をかけ、ゆっくりと引き寄せると、ふみも自然に彼の胸元へと顔を寄せ、言葉の代わりに唇を重ね合わせた。夜の気配が二人だけの時間を優しく包んだ。
――翌朝。
空はすっきりと晴れ上がり、遠くの山並みまでくっきりと見える。愛斗とふみは、前から約束していた山登りへと出かけた。
頂上を目指す道すがら、木漏れ日が地面に模様を描き、風が梢を渡る音が耳に届く。時折立ち止まり、ふみが「あの花、きれいだね」と指をさせば、愛斗は足を止めて隣に並び、同じ景色を共有する。息が少し上がるところまで登り、ふと視界が開けた瞬間、二人は頂上にたどり着いていた。
「じゃあ、撮るよ」
愛斗がカメラを構え、まずはふみの姿をファインダーに収める。風が髪をなびかせ、背後にはまるで絵のような街並みと空が広がっている。シャッター音が響き、次に愛斗はゆっくりとカメラの向きを変え、眼下に広がる山全体の景色も切り取った。
「今度は一緒に撮ろう」
ふみが自撮りに近い角度で構え、肩を寄せ合いながら何枚もシャッターを切った。笑い合う瞬間、真剣に空を見上げる瞬間、指を絡める瞬間――記録に残る枚数だけでなく、その一場面ひとつひとつが心に刻まれていく。
写真を確かめ合うように見つめ合ったとき、自然と距離が縮まり、再び柔らかく唇を重ねた。頂上の風が二人の間をそっと通り過ぎる。
「そろそろお弁当、食べようか」
ふみがリュックから包みを取り出す。ふみの手作りだと知っている愛斗は、いつもより少しだけわくわくした顔で蓋を開けた。彩りよく並ぶおかずに、愛斗は「おいしい」と素直な言葉をこぼし、ふみも隣で笑う。山の空気が味の輪郭をはっきりと際立たせ、どんな高級店よりも心に染みる食事になった。
弁当を食べ終え、ゴミをまとめ、頂上の景色をもう一度心に焼き付けるように眺めた。それから二人は、来た道をゆっくりと下山し始めた。登るときよりも足取りは軽く、話題も尽きることなく、山道に声が弾む。
街の明かりが見え始める頃、ようやくふもとの道に合流し、家へと向かった。玄関をくぐり、靴を脱ぐと、外の世界の忙しさがすっかり遠くに消え、穏やかな日常のぬくもりが二人を迎え入れた。

