浮気相手の子を「育てろ」と押しつけられたので、罪のない少女は丁重に育てつつ、夫だけを優雅に制裁することにしました

※続編には下記の内容が含まれます、ご注意ください
 ・過去の性暴力被害への言及があります。
 ・加害者への残酷な制裁描写があります。
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「お義母様。少し相談よろしいですか」

 義娘のリーゼが、珍しく不安げな顔で私を訪ねてきたのは、よく晴れた春の午後のことだった。

 初めて会った頃は十歳そこそこの子供だった彼女も、今や成人して大人の女となった。

 だが、女子爵として立派に家を継ぎ、婿養子を得てなお凛としているこの娘が、こんな顔をするのは本当に珍しい。
 私は刺繍の手を止めて、続きを促した。

「お義母様。シスター・スノーフレークから、お手紙が来なくなったのです」

 その名に、針を持つ指が止まった。

 スノーフレークは、王家直轄の孤児院でシスターを務める、私の学生時代からの親友だ。
 あの孤児院で、幼いリーゼを育ててくれた人でもある。
 リーゼは今でも、月に一度、間隔が空いても三ヶ月に一度の頻度で彼女と文を交わしていると聞いていた。
 実の母を物心つく前に亡くしたこの子にとって、スノーフレークは母に最も近い人なのだ。

「もう半年になります。あんなに筆まめな方が、ぱたりと。お身体に何かあったのではと、気がかりで……」

 私は刺繍枠を置いた。

 半年は確かにおかしい。スノーフレークは約束を違える女ではないし、自分が世話した孤児だったリーゼ相手なら、なおさらだ。

「あ」

 そこで、はたと私も思い出した。
 そうだ、私も最後に彼女に手紙を書いたのはいつ? 最後に孤児院を訪問したのもだいぶ前だった……

「わかったわ。私が様子を見てきましょう」
「お義母様が、直々にですか?」
「ええ。古い友人のことだもの。この目で確かめたほうが早いわ」

 リーゼの肩から少しだけ力が抜けたようだ。
 私はわかりやすい有言実行の女だ。まあ時には何も言わなくても行動に起こす。
 私がそう言うと、もう案ずるには及ばないとこの子はこの年月の間に知っている。



 翌々日、私は孤児院へ向かった。

 先触れは出さなかった。
 手紙を絶った理由が何であれ、知りたいことは多分、飾らぬ日常の中にこそ転がっているのではないか、と考えたからだ。

 ——先触れなしの訪問は、我が血筋の悪い癖かもしれない。

 かつて祖父が、私たち夫婦の屋敷へ前触れもなく乗り込んできた日を思い出して、私は馬車の中でひとり小さく笑った。
 あのとき青ざめた夫の顔は、今でもよく憶えている。

 孤児院は王都郊外の、自然の豊かな一角にある。
 国立公園があるから、貴族や平民を問わず人気のピクニックやハイキングスポットでもある。学園時代はよく友人たちと休日にお出かけしたっけ。

 やがて馬車が止まった。
 白い石壁に蔦の絡む、元は公園を管理する貴族の邸宅をベースにした、古いが手入れの行き届いた建物が目的の孤児院だ。
 子供たちの声が塀の向こうから風に乗って届く。明るくて良い場所だった。

 我が友スノーフレークが、自分の不幸の埋め合わせのように、惜しみなく愛情を注いできた場所である。

 門をくぐり、案内を乞おうと中庭へ足を踏み入れたとき、私は奇妙なものを見た。

 中庭の隅、赤薔薇の生垣のそばに、ひとりの男が佇んでいた。
 鮮やかなネイビーのラインの入った、白い軍服姿の男性だった。
 背が高く、姿勢の良い立ち姿の、青みがかった銀髪の男性だ。

 そして——遠目にも、息を呑むほどに麗しい横顔。
 年の頃は三十後半から四十代始めといったところか。しかし中年と呼ぶにはあまりにも美貌が際立っている。

 なぜ、こんな場所に。

 だが私はここが王家の直轄孤児院であることを思い出した。
 もう随分と前、他国に輿入れした最初の王女様を早くに亡くした正妃様が、心の慰めに私財を投げ打って建てた孤児院なのだ。

 そしてこの男は現国王と親しい友人で、護衛だったはず。
 正妃様が去年亡くなられたため、以降は国王陛下が彼を伴って慰問に訪れていると、スノーフレークが手紙に書いていた。
 ……そういえば、その手紙を最後に音信不通になっているわね。

 しかしなぜ、ひどく所在なさげに建物をこっそり見つめているのか。これで軍服を着ていなかったらただの不審者だ。

 訝りながら通り過ぎようとした、そのときだった。
 男が弾かれたように顔を上げ、私のほうへ歩み寄ってきた。

「もし、ご夫人。失礼だが、あなたはスノーフレークの」

 声が上ずっていた。
 これまた麗しの容貌を裏切らぬ低い美声ではあったものの。
 私はわけがわからぬまま足を止め、彼の澄んだティールの瞳と見つめ合った。

「ええ、シスター・スノーフレークは私の友人です。こちらで何をされてたのですか? ――リースト伯爵閣下」

 直接の面識はなかったが、母方の祖父公爵が彼の家といくつか取引をしているので、名前や存在だけは元から知っていた。

 社交界でもよく噂になる有名人で、現国王の側近を務める、リースト伯爵メガエリス。
 その麗しさで知られ、それ以上に、筋金入りの女嫌いで知られた男だ。

 女と見れば、貴婦人だろうと美貌の女優だろうと、必要最低限の言葉すら交わさぬ。微笑みかけられても氷のように黙殺する。なんなら平気で本人の前で舌打ちする。
 そういう男だと、誰もが言っていた。

 その男が今、女である私に自分から、それも縋るような声で話しかけている。

 どういうこと?