浮気相手の子を「育てろ」と押しつけられたので、罪のない少女は丁重に育てつつ、夫だけを優雅に制裁することにしました

 子爵家ではリーゼに三人目の子供が生まれた頃、あの婿が浮気をして離縁されている。

 外で浮気して庶子を作ってしまって、同じ元庶子のリーゼに引き取れないか相談したけど、もちろんリーゼは頷かなかった。
 その相談自体がリーゼを侮辱しているもの。

 その後どうなったかは知らない。実家に出戻っても彼の兄に代替わりした伯爵家では居場所もないだろうし。
 相変わらず私への態度の悪い男だったから、もう意識もしなくなった。

 リーゼからは戻ってくるよう頼まれたけど、私は断った。
 リーゼは再婚せず、三人の子供たちを子爵をやりながら懸命に育てている。たまに神殿に連れてきて、私を「おばあちゃま」と呼ばせているのが少しくすぐったかった。



 南方大国の大学教授となったアルヴィスは、あちらの社交界で、夫を亡くした年上の高位貴族の女当主に見初められて、男ながら後添えに迎えられたと手紙が来た。

 実家とはもう切れているし、他国とはいえ結婚相手の方が爵位が上なので、もう彼が庶子だからと憂う必要はなくなったようだ。
 薬学の学者としても、いよいよの本領発揮だ。順調に社交界でも学会でも地位を上げていると知り、友人の私も誇らしい気持ちになった。



 ヴァシレウス陛下は退位後、ご長男の王太子殿下に王位を譲られるも、その後大病を得て表には出てこなくなった。
 かと思えば十数年後、まさかの孫より若い令嬢と再婚されて、王家には末っ子殿下が誕生し、国中が湧いた。



 緩やかに時が流れていく。

 やがてまた時の国王陛下が退位して、唯一の王女が即位された。ヴァシレウス陛下のお孫様で、数百年振りの女王陛下の誕生だ。
 ヴァシレウス陛下によく似た、豪快で、でも大変苛烈な方として有名になったわ。

 そしてその女王陛下も世代交代する頃、さすがに私も老いて足腰が弱り始めた。

 あとはお迎えを待つだけの日々で、私はその女王陛下から意外な依頼を受けた。

 ――夫の理不尽に悩む女性への助言をまとめよ、と。

 私がかつて夫の庶子を受け入れ、しかし離縁せず立派な女子爵に育て上げたことは、比較的、貴族社会で知られていた。
 やっぱり、政略結婚とはいえ、夫への怒りや、不貞相手への嫉妬に狂わなかった女は珍しいみたいで。
 神殿にはその経験談を求めて相談に来る女性も多かったため、陛下のお耳に入ったのだろう。

 その過程で、今のリースト家の当主が若い女性だと知った。
 彼女が女王陛下と一緒になって、新しい時代の女性の価値観を刷新すべく活動しているのだ。

 スノーフレークの血筋ではない親戚の女性で、幾度か神殿でお会いしたが、やはりメガエリス様たちそっくりのあの麗しの容貌だった。

「エレオノーラ神官様。私はね、男なんかで私の周りの女たちが消耗するのが嫌なの。……どうして庶子を作った男と離縁しなかったの?」

 随分、直接的な物言いをするお嬢さんだこと。
 リースト家のあのネイビーのライン入りの白い軍服姿でスレンダーな身体を包み、腰までの髪をたなびかせる彼女は、老いた私から見ても覇気があり、格好良かった。
 ……こういう女性なら、殿方とも対等に渡り合えるのでしょうね。

「オデット侯爵閣下、私だって殿方で消耗なんかしたくなかったですよ。でも要は在り方の違いね。自分を苛立たせて周りに波風立てたままでいるより、丸く角が立たないやりかたが、私は好きなの」
「不貞の男なんて、潰してしまえば良いのではなくて?」
「まあまあ」

 私はコロコロと笑った。さすがあのメガエリスさんたちのご親戚だわ!

「私だって強い女に憧れてたわ。でも、上手く言葉と微笑みを操る優雅さも、女の立派な武器だと思うのです」
「……それ、詳しく」

 こうして、私の生き方は次の世代へと受け継がれていった。

「良かったら、中庭の白薔薇をご覧になりながら、いかが? あずまやにお茶を運ばせましょう」

 あの美しい青みがかった白薔薇は、この女侯爵様にも似合うと思うわ。



 若き女侯爵はその後、退位した女王陛下や、あのヴァシレウス様の後妻を巻きこんで、『アケロニア王国女傑時代』と呼ばれるムーブメントを作り出した。
 それはもう、世の男たちを震え上がらせることになったわね。

 並の殿方よりお強い女性たちが結託して、多方面で活躍する女性向けの支援家(エンジェル)クラブを設立したのよ。
 あからさまな女性贔屓の会だったし、権力と財のある女傑たちが、自分たちの周りの殿方をとにかく酷使して働かせていたのが面白かったわ。

 一番怯えていたのは、女王陛下のご子息の王太子殿下だったみたい。
 強い女性たちだから、小間使いみたいにあれこれ命令されては振り回されてたわね。
 国王に即位した後でもお母上から「資金調達しろ」や「会合の集会所を王都に作れ」とか命令されて、断れず関係各所に申し訳なさそうな姿が目撃されたと聞くわ。

 王家は神殿派だからよく神殿に相談に来られていて、私も幾度か担当したものよ……おかわいそうに、ユーグレン陛下。
 お顔はあのヴァシレウス様そっくりなのに、女性たちを前にすると腰が抜けてしまうそうで。
 何か良い手はないかと問われて、少しだけ考えて、私は自分の考えを述べた。

「自分より強くて圧の強い方を相手にするなら、私なら一人では立ち向かいません。側に自分の味方か、相手の弱点になる人を同席させますわ」
「エレオノーラ神官、それだ! なぜそれに気づかなかったのか……よし、私もそれで行く!」

 何かに開眼したお顔で王宮に戻って行かれたけど、寡聞にしてその後、現陛下が女たちに強気で立ち向かえたとの話はついぞ耳にすることがなかった。



 私の物語は女王陛下の依頼を完遂する前に終わりそうだけど、何か若い人たちの心に響くものが残せているかしら。

 今年もあの中庭の薔薇がそろそろ咲く頃だ。
 最後に、青みがかった白薔薇の芳香を嗅いでから旅立とうと決めて、私はそっと目を閉じた。



終わり