リムジンの窓から流れていく街並みを眺めながら、私は一言も口を開かなかった。
運転手の佐々木も気まずそうにしていたけれど、それでも私に謝るつもりはないらしく、ただ黙って運転しているだけだった。
本当なら今頃、陽菜と一緒にファミレスへ向かっているはずだった。
陽菜がアルバイトをしている姿を見て。
ドリンクバーというものを体験して。
新作のパフェを食べて。
学校の友達と当たり前の放課後を過ごしているはずだった。
それなのに私は今、いつも通りのリムジンに乗せられ、いつも通りの屋敷へと連れ帰られている。
窓に映る自分の顔を見ながら、私は小さくため息を吐いた。
まるで鳥籠に戻される小鳥みたいだと思った。
もちろん、そんなことを口にしたら紫苑兄様も玲央兄様も悲しむだろう。
二人とも私を愛してくれていることは分かっている。
それでも。
愛されることと自由であることは、どうやら別の話らしかった。
西園寺邸へ戻ると、休む暇もなくレッスンが始まった。
英語。
フランス語。
スペイン語。
バイオリン。
テニス。
どれも幼い頃から続けているものだった。
そしてどれも私自身が選んだものではない。
将来、名家へ嫁ぐため。
西園寺家に相応しい淑女になるため。
西園寺家の価値をさらに高めるため。
お父様がそう決めた。
私がまだ幼く、自分の将来について何も分からない頃から決められていた人生だった。
もちろん私は父に愛されていないわけではない。
むしろ父は私を大切にしている。
けれど父が見ているのは、娘の幸せではなく、西園寺家の娘としての価値なのだと感じることがあった。
私は時々考える。
もし私が男だったら。
もし私が西園寺家の後継者だったら。
父は違う期待を私に抱いていたのだろうか。
そんなことを考えても仕方がないのに、今日ばかりは頭の中から消えてくれなかった。
英語のレッスン。
先生が発音を訂正する。
私はぼんやりしていて聞き逃した。
「お嬢様」
少し厳しい声が飛ぶ。
「もう一度お願いします」
私は慌てて言い直した。
しかし今度は文法を間違えた。
先生の眉間に皺が寄る。
「集中してください」
「ごめんなさい」
そう答えながらも、頭の中には陽菜の言葉が浮かんでいた。
『絶対気に入ると思う!』
楽しそうだったな。
本当に。
フランス語のレッスンでも失敗した。
スペイン語でも失敗した。
バイオリンでは音を外した。
テニスではボールを打ち損ねた。
普段ならあり得ないような初歩的なミスを何度も繰り返してしまった。
その度に先生たちは顔を曇らせる。
そして決まって同じことを言った。
「もっと集中なさってください」
「それでは困ります」
「西園寺家のお嬢様なのですから」
西園寺家のお嬢様。
今日だけで何度聞いただろう。
学校でも。
校門でも。
屋敷でも。
みんなその言葉を使う。
まるで私自身よりも、その肩書きの方が大事であるかのように。
夜。
ようやく全てのレッスンが終わった頃には、心も体もすっかり疲れ切っていた。
私は自室の窓際に立ち、庭園を見下ろした。
噴水が静かに水を噴き上げている。
白いブランコも見える。
誰もいない。
広くて美しい庭園。
けれど今日は少しだけ寂しく見えた。
もし今頃ファミレスへ行けていたら、陽菜と何を話していただろう。
どんな味だったのだろう。
どんな景色だったのだろう。
そんなことばかり考えてしまう。
私は窓ガラスに額を軽く預けた。
そしてぽつりと呟く。
「……ファミレスくらい、行きたかったのに」
その声を聞く人は誰もいなかった。
運転手の佐々木も気まずそうにしていたけれど、それでも私に謝るつもりはないらしく、ただ黙って運転しているだけだった。
本当なら今頃、陽菜と一緒にファミレスへ向かっているはずだった。
陽菜がアルバイトをしている姿を見て。
ドリンクバーというものを体験して。
新作のパフェを食べて。
学校の友達と当たり前の放課後を過ごしているはずだった。
それなのに私は今、いつも通りのリムジンに乗せられ、いつも通りの屋敷へと連れ帰られている。
窓に映る自分の顔を見ながら、私は小さくため息を吐いた。
まるで鳥籠に戻される小鳥みたいだと思った。
もちろん、そんなことを口にしたら紫苑兄様も玲央兄様も悲しむだろう。
二人とも私を愛してくれていることは分かっている。
それでも。
愛されることと自由であることは、どうやら別の話らしかった。
西園寺邸へ戻ると、休む暇もなくレッスンが始まった。
英語。
フランス語。
スペイン語。
バイオリン。
テニス。
どれも幼い頃から続けているものだった。
そしてどれも私自身が選んだものではない。
将来、名家へ嫁ぐため。
西園寺家に相応しい淑女になるため。
西園寺家の価値をさらに高めるため。
お父様がそう決めた。
私がまだ幼く、自分の将来について何も分からない頃から決められていた人生だった。
もちろん私は父に愛されていないわけではない。
むしろ父は私を大切にしている。
けれど父が見ているのは、娘の幸せではなく、西園寺家の娘としての価値なのだと感じることがあった。
私は時々考える。
もし私が男だったら。
もし私が西園寺家の後継者だったら。
父は違う期待を私に抱いていたのだろうか。
そんなことを考えても仕方がないのに、今日ばかりは頭の中から消えてくれなかった。
英語のレッスン。
先生が発音を訂正する。
私はぼんやりしていて聞き逃した。
「お嬢様」
少し厳しい声が飛ぶ。
「もう一度お願いします」
私は慌てて言い直した。
しかし今度は文法を間違えた。
先生の眉間に皺が寄る。
「集中してください」
「ごめんなさい」
そう答えながらも、頭の中には陽菜の言葉が浮かんでいた。
『絶対気に入ると思う!』
楽しそうだったな。
本当に。
フランス語のレッスンでも失敗した。
スペイン語でも失敗した。
バイオリンでは音を外した。
テニスではボールを打ち損ねた。
普段ならあり得ないような初歩的なミスを何度も繰り返してしまった。
その度に先生たちは顔を曇らせる。
そして決まって同じことを言った。
「もっと集中なさってください」
「それでは困ります」
「西園寺家のお嬢様なのですから」
西園寺家のお嬢様。
今日だけで何度聞いただろう。
学校でも。
校門でも。
屋敷でも。
みんなその言葉を使う。
まるで私自身よりも、その肩書きの方が大事であるかのように。
夜。
ようやく全てのレッスンが終わった頃には、心も体もすっかり疲れ切っていた。
私は自室の窓際に立ち、庭園を見下ろした。
噴水が静かに水を噴き上げている。
白いブランコも見える。
誰もいない。
広くて美しい庭園。
けれど今日は少しだけ寂しく見えた。
もし今頃ファミレスへ行けていたら、陽菜と何を話していただろう。
どんな味だったのだろう。
どんな景色だったのだろう。
そんなことばかり考えてしまう。
私は窓ガラスに額を軽く預けた。
そしてぽつりと呟く。
「……ファミレスくらい、行きたかったのに」
その声を聞く人は誰もいなかった。
