【新作】財閥令嬢の私が、三つ子の不良御曹司に世界を教えられるなんて

夕食が終わった頃には、道明寺家の広い屋敷はすっかり静かになっていた。

六花は客室で花嫁修行用の課題に取り組み、雅臣は書斎で仕事をしている時間だ。

使用人たちもそれぞれの持ち場へ戻っている。



そんな中。



翼は自室の窓を静かに開けた。



二階。



普通の人間なら躊躇する高さだ。



だが翼たちにとっては日常だった。



「行くぞ」



翼が小声で言う。



隣の部屋の窓から蓮が顔を出す。



さらに碧も現れる。



三人は視線を交わした。



次の瞬間。



ドサッ。



翼が芝生へ飛び降りる。



続いて蓮。



碧。



誰も怪我などしない。



慣れた動きだった。



三人は庭の植え込みの陰を通りながら、監視カメラの死角を進む。



もちろん道明寺家のセキュリティは厳重だ。



だが。



設置場所を知っている人間には意味がない。



塀の近くへ辿り着く。



翼が塀へ手を掛ける。



「よっと」



軽々と乗り越える。



蓮と碧も続く。



そして屋敷の外へ出た。



少し歩いた先の駐車場。



そこには三台の大型バイクが停められていた。



昼間の財閥御曹司たちの姿はどこにもない。



革ジャン。



ブーツ。



鋭い目付き。



別人だった。



エンジンが唸る。



夜の空気を切り裂くような重低音が響いた。



翼はヘルメットを被る。



「行くぞ」



三台のバイクが夜の街へ走り出した。



向かう先は。



暴走族《黒天》の溜まり場。



廃工場跡地だった。



到着すると、すでに数十人の若者たちが集まっている。



「総長!」



「翼さん!」



あちこちから声が上がる。



翼は軽く手を挙げるだけだった。



蓮は副総長。



碧は特攻隊長。



三人はこの集団の頂点に立つ存在だった。



そんな中。



翼は見慣れた人物を見つける。



神谷大地。



昼間、ショッピングモールで会った男だ。



大地もこちらへ気付いた。



「お疲れっす」



「おう」



大地の隣には何人かの仲間もいる。



すると一人が笑いながら言った。



「そういや今日、総長たち令嬢とデートしてたらしいじゃないっすか」



周囲から冷やかしの声が飛ぶ。



蓮が舌打ちした。



「デートじゃねぇよ」



「花嫁候補だろ?」



「親父が勝手に連れてきただけ」



だが。



その話題を聞いた大地がふと笑う。



「変な奴だったな」



翼が目を向ける。



「六花のことか」



「ああ」



大地は昼間のことを思い出したようだった。



「普通の金持ちはあんなことしねぇ」



誰も反論しない。



確かにそうだった。



「十万渡そうとしてきた時は馬鹿かと思った」



周囲から笑い声が起きる。



しかし。



大地は続けた。



「でも」



その声は少し真面目だった。



「嫌な感じはしなかった」



静かになる。



「あいつ、本気だっただろ」



翼は何も言わない。



だが否定もできなかった。



あの時の六花は。



見下していたわけでも。



同情していたわけでもない。



ただ。



困っている人を助けたいと思っただけだった。



それが分かったからだ。



大地は笑う。



「世間知らずにも程があるけどな」



蓮も苦笑した。



「それは間違いない」



碧も頷く。



「騙されたら三秒で財布空になりそう」



再び笑いが起きる。



だが。



その場にいる誰一人として。



六花を悪く言う者はいなかった。



翼はバイクにもたれながら夜空を見上げる。



昼間。



フードコートで。



「私たちの生活は社員さんたちのお陰で成り立っているんですよ」



そう言った六花の顔が脳裏に浮かんだ。



財閥令嬢。



箱入り娘。



世間知らず。



その全ては事実だ。



だが。



それだけではない。



翼は少しだけ口元を緩めた。



「本当に変な奴だな」



そして気付いていなかった。



自分がもう。



西園寺六花という少女のことを考える時間が、少しずつ増え始めていることに。