あの兄妹の姿がどうしても頭から離れなかった。
サイズの合っていない服。
擦り切れた袖。
少し大きすぎる靴。
私の知っている世界では見たことのない光景だった。
もちろん、テレビや新聞で貧困という言葉を見たことはある。
けれど。
それはどこか遠い世界の話だった。
少なくとも私の周囲には存在しないものだった。
だからこそ。
目の前にいるあの女の子を見ていると胸の奥がざわついた。
どうしてだろう。
どうしてあの子は新しい服を買ってもらえないのだろう。
どうしてあんなに大きな服を着ているのだろう。
私は気付けば歩き出していた。
後ろで誰かが何か言った気もする。
けれど耳に入らなかった。
私は兄妹のところまで早足で向かう。
そして財布を開いた。
西園寺家の人間として育てられた私は、小さい頃から何度も聞かされてきた。
財産とは責任である。
力を持つ者は弱い者を助けなければならない。
ノブレス・オブリージュ。
その言葉だけは父も兄たちも否定しなかった。
だから。
私は迷わなかった。
財布の中から十万円を取り出す。
そして兄妹の前へ差し出した。
「あの……」
二人が驚いたようにこちらを見る。
私は精一杯勇気を出した。
「あの、これ、よかったら使ってください!」
言った瞬間。
後ろから慌てた足音が聞こえた。
振り返らなくても分かる。
ボディーガードの方々だ。
どうやら突然走り出した私を追いかけてきたらしい。
しかし今はそれどころではなかった。
目の前の兄妹の反応が気になって仕方がない。
女の子の方は目を輝かせていた。
「えっ……!」
その顔には純粋な驚きと喜びが浮かんでいる。
けれど。
隣のお兄さんは違った。
鋭い目が私を射抜く。
私は思わず肩を震わせた。
怖い。
けれど目を逸らせなかった。
彼は低い声で言った。
「あんた金持ちっぽいね」
私は小さく頷く。
「なんでこんなことすんの」
その声には警戒心が滲んでいた。
「同情?」
私は首を振ろうとする。
「蔑み?」
また首を振ろうとする。
しかし言葉が出ない。
彼は続けた。
「そんなんいらねぇから」
胸がぎゅっと痛くなった。
違う。
そうじゃない。
私はそんなつもりじゃなかった。
けれど。
何が違うのか上手く説明できない。
私はその場で固まってしまった。
すると。
後ろから聞き慣れた声がした。
「いいから受け取れって」
蓮様だった。
私は驚いて振り返る。
蓮様はいつもの軽い調子で続ける。
「六花がせっかく言ってるんだから」
大地さんはまだ警戒している。
しかし蓮様は気にしない。
「それに今日は俺らが服もフードも六花に奢るから」
そして肩を竦める。
「六花に現金はいらねぇしな」
私は思わず目を瞬いた。
確かに。
今日のお財布係は道明寺様たちだった。
だから十万円がなくなっても困らない。
そんなことを考えていると。
「いらねぇって言ってんだろ」
大地さんはまだ引かない。
その時だった。
今まで黙っていた碧様が口を開いた。
「立花のは同情でも蔑みでもないよ」
静かな声だった。
けれど不思議とよく通る。
大地さんが碧様を見る。
碧様は続けた。
「ただの親切心だよ」
私は息を呑んだ。
その言葉が。
まるで私の代わりに説明してくれたみたいだったから。
そう。
私はただ。
あの女の子に笑ってほしかっただけだった。
それだけだった。
しばらく沈黙が流れる。
やがて。
大地さんは私の手の中の十万円を見る。
それから妹さんを見る。
妹さんは期待するような目で兄を見上げていた。
そして。
大地さんは小さく息を吐いた。
「……ありがとう」
その声はさっきまでよりずっと柔らかかった。
私はほっと胸を撫で下ろす。
大地さんはお金を受け取ると、
妹さんの手を握った。
「行くぞ」
妹さんは嬉しそうに頷く。
そして去り際。
女の子が振り返った。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
満面の笑顔だった。
私は思わず手を振り返す。
兄妹は人混みの中へ消えていった。
その姿が見えなくなった後も。
私はしばらくその場に立ち尽くしていた。
胸の奥に。
言葉にできない何かが残っていた。
サイズの合っていない服。
擦り切れた袖。
少し大きすぎる靴。
私の知っている世界では見たことのない光景だった。
もちろん、テレビや新聞で貧困という言葉を見たことはある。
けれど。
それはどこか遠い世界の話だった。
少なくとも私の周囲には存在しないものだった。
だからこそ。
目の前にいるあの女の子を見ていると胸の奥がざわついた。
どうしてだろう。
どうしてあの子は新しい服を買ってもらえないのだろう。
どうしてあんなに大きな服を着ているのだろう。
私は気付けば歩き出していた。
後ろで誰かが何か言った気もする。
けれど耳に入らなかった。
私は兄妹のところまで早足で向かう。
そして財布を開いた。
西園寺家の人間として育てられた私は、小さい頃から何度も聞かされてきた。
財産とは責任である。
力を持つ者は弱い者を助けなければならない。
ノブレス・オブリージュ。
その言葉だけは父も兄たちも否定しなかった。
だから。
私は迷わなかった。
財布の中から十万円を取り出す。
そして兄妹の前へ差し出した。
「あの……」
二人が驚いたようにこちらを見る。
私は精一杯勇気を出した。
「あの、これ、よかったら使ってください!」
言った瞬間。
後ろから慌てた足音が聞こえた。
振り返らなくても分かる。
ボディーガードの方々だ。
どうやら突然走り出した私を追いかけてきたらしい。
しかし今はそれどころではなかった。
目の前の兄妹の反応が気になって仕方がない。
女の子の方は目を輝かせていた。
「えっ……!」
その顔には純粋な驚きと喜びが浮かんでいる。
けれど。
隣のお兄さんは違った。
鋭い目が私を射抜く。
私は思わず肩を震わせた。
怖い。
けれど目を逸らせなかった。
彼は低い声で言った。
「あんた金持ちっぽいね」
私は小さく頷く。
「なんでこんなことすんの」
その声には警戒心が滲んでいた。
「同情?」
私は首を振ろうとする。
「蔑み?」
また首を振ろうとする。
しかし言葉が出ない。
彼は続けた。
「そんなんいらねぇから」
胸がぎゅっと痛くなった。
違う。
そうじゃない。
私はそんなつもりじゃなかった。
けれど。
何が違うのか上手く説明できない。
私はその場で固まってしまった。
すると。
後ろから聞き慣れた声がした。
「いいから受け取れって」
蓮様だった。
私は驚いて振り返る。
蓮様はいつもの軽い調子で続ける。
「六花がせっかく言ってるんだから」
大地さんはまだ警戒している。
しかし蓮様は気にしない。
「それに今日は俺らが服もフードも六花に奢るから」
そして肩を竦める。
「六花に現金はいらねぇしな」
私は思わず目を瞬いた。
確かに。
今日のお財布係は道明寺様たちだった。
だから十万円がなくなっても困らない。
そんなことを考えていると。
「いらねぇって言ってんだろ」
大地さんはまだ引かない。
その時だった。
今まで黙っていた碧様が口を開いた。
「立花のは同情でも蔑みでもないよ」
静かな声だった。
けれど不思議とよく通る。
大地さんが碧様を見る。
碧様は続けた。
「ただの親切心だよ」
私は息を呑んだ。
その言葉が。
まるで私の代わりに説明してくれたみたいだったから。
そう。
私はただ。
あの女の子に笑ってほしかっただけだった。
それだけだった。
しばらく沈黙が流れる。
やがて。
大地さんは私の手の中の十万円を見る。
それから妹さんを見る。
妹さんは期待するような目で兄を見上げていた。
そして。
大地さんは小さく息を吐いた。
「……ありがとう」
その声はさっきまでよりずっと柔らかかった。
私はほっと胸を撫で下ろす。
大地さんはお金を受け取ると、
妹さんの手を握った。
「行くぞ」
妹さんは嬉しそうに頷く。
そして去り際。
女の子が振り返った。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
満面の笑顔だった。
私は思わず手を振り返す。
兄妹は人混みの中へ消えていった。
その姿が見えなくなった後も。
私はしばらくその場に立ち尽くしていた。
胸の奥に。
言葉にできない何かが残っていた。
