財閥令嬢の私が、三つ子の不良御曹司に世界を教えられるなんて

同じリムジンの中に四人が乗り込む。

六花の隣に翼。

向かい側には蓮と碧が並んでいた。

後続車には執事とボディーガードたちが乗り込んでおり、万全の警備体制である。

もっとも、その厳重さがかえって六花には窮屈に感じられた。

ショッピングモールへ行くだけなのに。

そんなことを思いながら窓の外を眺める。

車内には重たい沈黙が流れていた。

誰も話さない。

六花も何を話せばいいのか分からない。

三日間頑張って話しかけ続けた結果、ことごとく空振りしているのだ。

正直、少し心が折れかけていた。

一方で三兄弟も珍しく静かだった。

ただし、それぞれ六花について考えていた。

翼は横目で六花を見る。

栗色の髪。

大きなブラウンの瞳。

雪のように真っ白な肌。

どこか儚げな雰囲気。

そして何より、財閥令嬢とは思えないほど気取ったところがない。

(ほんとに綺麗な顔してんなー)

と翼は思う。

玲央も紫苑も有名人だ。

玲央はテレビで見ない日はないほどの人気アイドル。

紫苑も財界では若手の有望株として知られている。

二人とも容姿が整っている。

(西園寺家ってなんか特別な遺伝子流れてんのか?)

そんなことを考えてしまうくらいだった。

蓮もまた六花を見ていた。

ただし翼とは少し違う。

ちょっといやらしい視線だ。

(ミニスカ六花えっぐ。あのエロ親父、ナイスチョイスだわ。)

(足ほっそ。白っ。でも胸あるし、ほんとにエロいカラダしてんな〜。触ったら折れちゃいそうだけど、あの太ももはオトコとして触りたい。あぁ六花が庶民だったら今夜にでも抱いてんのになぁ。)

初日に抱いていた

「面倒そうなお嬢様」

という印象はかなり薄れている。

碧も黙って六花を見ていた。

六花は時々分からない。

父親に命令されて来たはずなのに。

嫌な思いもしているはずなのに。

それでも笑おうとする。

碧はそういう人間をあまり知らなかった。

だから気になる。

なぜそこまで頑張るのか。

沈黙は続く。

そして耐えられなくなったのは蓮だった。

「なあ」

突然声をかける。

六花がびくっと肩を震わせた。

「はい?」

蓮は少し笑う。

「そんな緊張しなくてもいいだろ」

「してません」

「してる」

「してません」

「してる」


子供みたいなやり取りだった。


すると翼が呆れたように口を開く。

「お前らうるさい」

「お前も喋れよ」

「嫌だ」

「協調性ねぇな」

「お前に言われたくない」

そのやり取りを見ていた六花は思わず小さく笑った。

三つ子は同時に六花を見る。

六花は慌てて口を押さえた。

「す、すみません」

「何で謝るんだよ」

蓮が言う。

「いや、その……」

「別に笑えばいいだろ」

六花は少し驚いた。

道明寺家へ来てから初めてだった。

三つ子との会話が自然に続いたのは。

そんなことをしているうちに、リムジンは巨大なショッピングモールへ到着する。



【side 蓮】

ショッピングモールへ到着してからというもの、六花は終始きょろきょろと辺りを見回していた。

まるで外国へでも来たみたいな反応だった。

いや、もしかしたら本人にとっては本当にそんな感覚なのかもしれない。

「おい、そんなに見回してたら酔うぞ」

俺が呆れながら声をかけると、六花は大きな瞳をさらに丸くしてこちらを振り返った。

「だって、初めてなんですもの」

その返答があまりにも自然だったので、俺は一瞬言葉に詰まる。

初めて。

その一言が妙に引っかかった。

西園寺家の令嬢だ。

テレビで見るような高級ホテルや海外のリゾートなら腐るほど行ったことがあるだろう。

それなのにショッピングモールは初めて。

普通なら冗談だと思う。

だが六花は嘘をついている顔ではなかった。

「マジで来たことねぇの?」

「ありません」

「一回も?」

「一回も」

あまりにも堂々と言うものだから、逆に笑えてくる。

「どんな人生送ってんだよ」

「私も最近そう思い始めました」

思わず吹き出した。

最初に会った頃は、もっと鼻持ちならないお嬢様だと思っていた。

どうせ俺たちを値踏みして。

誰が後継者になりそうか計算して。

上辺だけ取り繕っているんだろうと。

でも。

三日間見てきて分かった。

こいつは計算できるほど器用じゃない。

むしろ不器用だ。

父親に言われたから頑張っている。

嫌われても頑張っている。

傷ついても頑張っている。


それが見ていて分かる。


だから余計に放っておけない。

そんなことを考えていると、前を歩いていた翼が振り返った。

「昼はフードコートで食べようぜ」

その瞬間。

六花が首を傾げる。

嫌な予感がした。

「フードコート?」

ほら来た。

翼も同じことを思ったらしく、額を押さえている。

「まさか知らねぇのか」

俺が聞くと、

六花は真面目な顔で頷いた。

「聞いたことはあります」

聞いたことはあるらしい。

少し安心した。

しかし。

「どなたか有名なシェフのお名前ですか?」

安心を返してほしい。

俺は思わず天井を見上げた。

「違う」

「違うんですか?」

「人の名前じゃねぇよ」

「ではレストラン?」

「うーむ、惜しい!」


翼が小さく吹き出した。

碧ですら口元を押さえている。

「フードコートってのはな」

俺はできるだけ分かりやすく説明する。

「いろんな店で飯買って、好きな席で食う場所」

六花は数秒考え込む。

そして。

「……給仕の方はいないのですか?」

俺は笑った。

翼も笑った。

碧も珍しく肩を震わせている。

本人だけが本気だった。

「いねぇよ」

「えっ」

「自分で買う」

「自分で?」

「自分で」

六花は本気で衝撃を受けていた。

まるで俺たちが原始時代の生活を説明しているみたいだった。

「では注文も自分で?」

「当たり前だろ」

「席への案内は?」

「ない」

「配膳は?」

「ない」

「お会計は?」

「自分」

「食器は?」

「返却口」

六花は完全に固まった。

そして。

「大変ですね……」

真顔で言った。

俺はとうとう吹き出した。

「お前、マジで面白いな」

六花がむっとする。

「笑わなくても良いではありませんか」

「だって面白いし」

「私は真剣です」


「知ってる」

だから余計に面白い。

普通のお嬢様なら見栄を張る。

知らなくても知っているふりをする。

でも六花は違う。

知らないことを知らないと言う。

分からないことを分からないと言う。

変なプライドがない。

だから一緒にいて楽なんだろうな。

そんなことを考えていると。

六花が小さく呟いた。

「でも」

俺は顔を上げる。

「少し楽しみです」

六花は周囲を見渡しながら笑った。

「私、こういう場所に来たことがありませんから」

その笑顔は本当に嬉しそうだった。

たったフードコートで。

たったショッピングモールで。

普通の高校生なら当たり前のことに。

こんなに目を輝かせる。

その姿を見た瞬間。

俺は少しだけ胸の奥がざわつくのを感じた。

たぶん。

俺は思っていた以上に、西園寺六花という女に興味を持ち始めていた。