翌朝。
私はまだ少し眠たい目を擦りながら、自室の中央に置かれた旅行鞄を見つめていた。
中身は驚くほど少ない。
数日分の着替え。
本を二冊。
筆記用具。
それからお気に入りの小さな髪飾り。
それだけだった。
もっとも、道明寺家には必要な物など何でも揃っているのだろう。
西園寺家と肩を並べるような財閥なのだから当然だ。
だから荷物が少ないことに問題はない。
問題なのは別のところだった。
行きたくない。
心の底からそう思う。
昨日突然告げられた花嫁修行。
会ったこともない三つ子。
誰か一人を射止めろという父の命令。
何一つ納得していない。
それでも拒否権はなかった。
私は小さくため息を吐く。
その時だった。
「お嬢様、お時間です」
部屋の外から優斗の声が聞こえた。
「……今行くわ」
私は鞄を持ち上げる。
思ったより軽い。
それなのに気持ちは重かった。
リビングへ向かうと、そこにはすでに家族が揃っていた。
お父様。
紫苑兄様。
そして玲央兄様。
珍しく全員集合である。
おそらく私の見送りのためだろう。
全く嬉しくない。
私が姿を見せると、玲央兄様が真っ先に口を開いた。
「おっ」
嫌な予感しかしない。
「お前みたいなブスを道明寺に送り出すなんて恥ずかしいぜ」
やっぱりだった。
私は即座に睨む。
「朝から失礼ですね」
「事実だろ」
「事実ではありません」
「事実だ」
「そんなに言われると悲しくなります」
「ブス」
「玲央兄様」
「バカ」
「子供ですか」
玲央兄様は楽しそうに笑っていた。
本当に楽しそうだった。
この人は私をからかうことでしか幸せを感じられないのだろうか。
私は本気で疑っている。
すると玲央兄様が腕を組む。
「まぁ」
嫌な予感しかしない。
「どうせ道明寺の奴らも見る目ないだろうしな」
「どういう意味ですか」
「誰もお前なんか選ばねぇだろ」
私は眉をひそめる。
それはそれで少し腹が立つ。
すると今度は紫苑兄様が深刻そうな顔で口を開いた。
「いや」
嫌な予感しかしない。
玲央兄様とは別方向で。
「俺は本当に心配なんだ」
始まった。
紫苑兄様は額を押さえる。
まるで世界の終わりでも来たような顔だった。
「あぁ……」
大袈裟である。
「帰ってきても六花がいないなら、もう屋敷に戻ってこなくてもいいかもしれない」
「戻ってきてください」
「仕事が終わっても六花がいないんだぞ」
「数日だけです」
「数日も」
「数日です」
紫苑兄様は本気で落ち込んでいた。
どうしてこうなるのだろう。
「しかも」
紫苑兄様は続ける。
「三匹の狼たちに六花を預けるなんて」
狼。
たぶん道明寺家の三つ子のことだろう。
まだ会ったこともない。
顔も知らない。
性格も知らない。
なのに。
「心配で心臓が破裂しそうだよ」
「破裂しません」
私は即答した。
紫苑兄様は聞いていない。
「もし六花が泣かされたらどうしよう」
「泣きません」
「騙されたら」
「騙されるってどういうことですか」
「誘拐されたら」
「誘拐じゃなくて花嫁修行です。自分から行くんです」
「それでも心配なんだ」
私は思わず天井を見上げた。
助けてほしい。
誰でもいいから。
玲央兄様はそんな紫苑兄様を見ながら鼻で笑う。
「大袈裟なんだよ」
珍しくまともなことを言った。
そう思った瞬間。
「もし変な男に懐いたら連れて帰ればいいだろ」
撤回する。
全然まともではなかった。
「そうだな」
紫苑兄様が真顔で頷く。
「最悪それでいこう」
「いきません」
私も真顔で言った。
二人は揃って私を見る。
その目が怖い。
本気で言っている目だった。
私は静かにため息を吐く。
父は私を政略結婚の駒としてしか見ていない。
兄たちは過保護すぎて自由を与えてくれない。
まともな人はいないのだろうか。
そんなことを考えながら窓の外を見る。
そこには迎えの車が停まっていた。
道明寺家。
花嫁修行。
三つ子。
不安しかない。
それでも。
このまま屋敷の中で言われた通りに生きるだけよりは、少しだけマシかもしれない。
そんな予感もしていた。
私はまだ少し眠たい目を擦りながら、自室の中央に置かれた旅行鞄を見つめていた。
中身は驚くほど少ない。
数日分の着替え。
本を二冊。
筆記用具。
それからお気に入りの小さな髪飾り。
それだけだった。
もっとも、道明寺家には必要な物など何でも揃っているのだろう。
西園寺家と肩を並べるような財閥なのだから当然だ。
だから荷物が少ないことに問題はない。
問題なのは別のところだった。
行きたくない。
心の底からそう思う。
昨日突然告げられた花嫁修行。
会ったこともない三つ子。
誰か一人を射止めろという父の命令。
何一つ納得していない。
それでも拒否権はなかった。
私は小さくため息を吐く。
その時だった。
「お嬢様、お時間です」
部屋の外から優斗の声が聞こえた。
「……今行くわ」
私は鞄を持ち上げる。
思ったより軽い。
それなのに気持ちは重かった。
リビングへ向かうと、そこにはすでに家族が揃っていた。
お父様。
紫苑兄様。
そして玲央兄様。
珍しく全員集合である。
おそらく私の見送りのためだろう。
全く嬉しくない。
私が姿を見せると、玲央兄様が真っ先に口を開いた。
「おっ」
嫌な予感しかしない。
「お前みたいなブスを道明寺に送り出すなんて恥ずかしいぜ」
やっぱりだった。
私は即座に睨む。
「朝から失礼ですね」
「事実だろ」
「事実ではありません」
「事実だ」
「そんなに言われると悲しくなります」
「ブス」
「玲央兄様」
「バカ」
「子供ですか」
玲央兄様は楽しそうに笑っていた。
本当に楽しそうだった。
この人は私をからかうことでしか幸せを感じられないのだろうか。
私は本気で疑っている。
すると玲央兄様が腕を組む。
「まぁ」
嫌な予感しかしない。
「どうせ道明寺の奴らも見る目ないだろうしな」
「どういう意味ですか」
「誰もお前なんか選ばねぇだろ」
私は眉をひそめる。
それはそれで少し腹が立つ。
すると今度は紫苑兄様が深刻そうな顔で口を開いた。
「いや」
嫌な予感しかしない。
玲央兄様とは別方向で。
「俺は本当に心配なんだ」
始まった。
紫苑兄様は額を押さえる。
まるで世界の終わりでも来たような顔だった。
「あぁ……」
大袈裟である。
「帰ってきても六花がいないなら、もう屋敷に戻ってこなくてもいいかもしれない」
「戻ってきてください」
「仕事が終わっても六花がいないんだぞ」
「数日だけです」
「数日も」
「数日です」
紫苑兄様は本気で落ち込んでいた。
どうしてこうなるのだろう。
「しかも」
紫苑兄様は続ける。
「三匹の狼たちに六花を預けるなんて」
狼。
たぶん道明寺家の三つ子のことだろう。
まだ会ったこともない。
顔も知らない。
性格も知らない。
なのに。
「心配で心臓が破裂しそうだよ」
「破裂しません」
私は即答した。
紫苑兄様は聞いていない。
「もし六花が泣かされたらどうしよう」
「泣きません」
「騙されたら」
「騙されるってどういうことですか」
「誘拐されたら」
「誘拐じゃなくて花嫁修行です。自分から行くんです」
「それでも心配なんだ」
私は思わず天井を見上げた。
助けてほしい。
誰でもいいから。
玲央兄様はそんな紫苑兄様を見ながら鼻で笑う。
「大袈裟なんだよ」
珍しくまともなことを言った。
そう思った瞬間。
「もし変な男に懐いたら連れて帰ればいいだろ」
撤回する。
全然まともではなかった。
「そうだな」
紫苑兄様が真顔で頷く。
「最悪それでいこう」
「いきません」
私も真顔で言った。
二人は揃って私を見る。
その目が怖い。
本気で言っている目だった。
私は静かにため息を吐く。
父は私を政略結婚の駒としてしか見ていない。
兄たちは過保護すぎて自由を与えてくれない。
まともな人はいないのだろうか。
そんなことを考えながら窓の外を見る。
そこには迎えの車が停まっていた。
道明寺家。
花嫁修行。
三つ子。
不安しかない。
それでも。
このまま屋敷の中で言われた通りに生きるだけよりは、少しだけマシかもしれない。
そんな予感もしていた。
