いい気味だった。
青木が買ってきたカフェモカが床に溢れたことも、青木のスーツが汚れたことも、あたしはいい気味だと思った。
「カフェモカ勿体ないじゃないですか。……なんでこんなこと」
ため息混じりに吐き出された最後の言葉は、口に出すことさえ面倒くさそうだった。呆れたように視線を向ける青木に、強く拳を握った。
……そんなの。
「頼んでない……っ!」
突然声を出したからか。
三時間も歌いっぱなしだったからか。
それはわからないけど、あたしの声はかすれていて、喉が熱くなった。
真っ直ぐ見据える青木の瞳も、ハの字に下げられた眉も、揺れる髪も、汚れたスーツのシミも、苛立ちを倍増させる。
「あんたが、勝手に買って来ただけでしょ!!」
カフェモカなんて、いらなかった。
そんなもの、ほしくない。
なだめるように添えられた言葉も、うざったらしかった。
何も出来ないあたしを、慰めようとカフェモカを買いに行く青木が許せなかった。何も出来ないことに触れようとしない青木に、腹が立ってしょうがなかった。慰めも、同情も、あたしを惨めにするだけだ。
そんなもの、ほしくない。
「それなのに……。無理矢理渡そうとするから、こうなるんじゃない!!」
ちゃぷん、カフェモカが青木のスーツから滴り落ちる音はすごく耳障りだった。
あたしは、悪くない。
全部、青木のせいだ。
勝手にカフェモカを買いに行った青木のせいだ。
青木がカフェモカまみれになったのも、通路にカフェモカの水溜まりが出来たのも、あたしがこんなに嫌なきもちでいるのも、全部青木のせいなんだ。
「頼んでもないことはするのに、なんで一番望んでることは叶えて来んないのよ!!意味わかんないのよ!恋する乙女の気持ちとか、全然意味わかんない!!」
『どうしたの?好きな人を思い浮かべればいいだけだよ』
音楽プロデューサーの言葉が耳にこびりついて離れなかった。
「そんなの、わかるわけないじゃない!!」
だって、……あたしは。
KANATAに見つめられたことも、KANATAに触れられたこともない。
直に、KANATAに会ったことすら、ないんだ。
