小悪魔DOLL【Ⅰ】



いい気味だった。

青木が買ってきたカフェモカが床に溢れたことも、青木のスーツが汚れたことも、あたしはいい気味だと思った。

「カフェモカ勿体ないじゃないですか。……なんでこんなこと」

ため息混じりに吐き出された最後の言葉は、口に出すことさえ面倒くさそうだった。呆れたように視線を向ける青木に、強く拳を握った。


……そんなの。

「頼んでない……っ!」

突然声を出したからか。

三時間も歌いっぱなしだったからか。

それはわからないけど、あたしの声はかすれていて、喉が熱くなった。

真っ直ぐ見据える青木の瞳も、ハの字に下げられた眉も、揺れる髪も、汚れたスーツのシミも、苛立ちを倍増させる。


「あんたが、勝手に買って来ただけでしょ!!」

カフェモカなんて、いらなかった。

そんなもの、ほしくない。

なだめるように添えられた言葉も、うざったらしかった。

何も出来ないあたしを、慰めようとカフェモカを買いに行く青木が許せなかった。何も出来ないことに触れようとしない青木に、腹が立ってしょうがなかった。慰めも、同情も、あたしを惨めにするだけだ。

そんなもの、ほしくない。


「それなのに……。無理矢理渡そうとするから、こうなるんじゃない!!」

ちゃぷん、カフェモカが青木のスーツから滴り落ちる音はすごく耳障りだった。

あたしは、悪くない。

全部、青木のせいだ。

勝手にカフェモカを買いに行った青木のせいだ。

青木がカフェモカまみれになったのも、通路にカフェモカの水溜まりが出来たのも、あたしがこんなに嫌なきもちでいるのも、全部青木のせいなんだ。

「頼んでもないことはするのに、なんで一番望んでることは叶えて来んないのよ!!意味わかんないのよ!恋する乙女の気持ちとか、全然意味わかんない!!」



『どうしたの?好きな人を思い浮かべればいいだけだよ』

音楽プロデューサーの言葉が耳にこびりついて離れなかった。



「そんなの、わかるわけないじゃない!!」

だって、……あたしは。

KANATAに見つめられたことも、KANATAに触れられたこともない。

直に、KANATAに会ったことすら、ないんだ。