小悪魔DOLL【Ⅰ】



逃げようともがいても水かさを増した波に足を取られて、ひっくり返る。波の行きたい方向も、波の動きもわからずに、メロディーに飲み込まれて行くんだ。ザブンと大きな音をたてて、息の出来ないメロディーの中に沈んでいく。

あたしは、口を開いた。

マイクに向かって、歌声を響かせようと口を開いたんだ。


真っ暗な水の中。

出した声は、泡となってフワフワと水上に浮かぶ。

誰の耳にも届かない歌声が、波にかき消されて消えていく。

かすれた声がヘッドホンから跳ね返り、ワンフレーズ歌うことなく口を閉ざした。

あたしはボーカルブースに独り、呆然と突っ立っていた。


「どうしたの?ただその人を思い浮かべればいいだけだよ?」

その言葉が、心臓を突き刺した。


青木に目を向ける。

目頭を押さえた青木が、どっと疲れた表情でうつむいていた。

なんで、そんな顔するのよ。

あたしの視線に気づく事もなく、青木はレコーディングルームを出ていった。ゆっくりと閉まる扉から青木の後ろ姿が見えなくなる様子を、黙って見つめていた。

見捨てられた気分だ。

何も出来ないあたしに、青木は愛想を尽かしたんだ。青木の望むように天使系アイドルを全うできないあたしに、意気込んで自信満々に挑んだレコーディングがうまくできなかったあたしに、青木は呆れてしまったんだ。