小悪魔DOLL【Ⅰ】



全て、順調だった。

……それなのに。

「止めて止めて」

ヴォーカルディレクターの声がヘッドホン越しに響き渡った。突然メロディーが止まって、次の歌詞を飲み込んだ。ボーカルブースと隔たれた調整室にいるヴォーカルディレクターが、納得いかないように首を傾げた。


「感情が全然足りないなぁ」

「足りない……?」

「この曲って、最初の方は片思いの女の子なんだよ」

「……片想いの、女の子」

言葉を繰り返すことしか出来ない。調整室に隅で待機している青木が、唇を噛み締めるのが見える。


「全然感情移入出来ないんだよ。全然恋する乙女って感じじゃないんだよね?」

心臓が収縮して、無意識に強く拳を握っていた。


「例えば……好きな人に見つめられて、思わず目を反らしちゃったり。好きな人に触れられて、顔を真っ赤にしたり。そういう情景が浮かばないんだよ。好きな人いないの?初恋の人とかさ」

身振り手振りで話すヴォーカルディレクターに、あたしは目を伏せた。ミルクティー色の髪がなだれ落ち、うつむいた視界に震えた拳が映った。


……好きな人。

あたしはその言葉を心のなかで、繰り返した。

小さい頃から、変わらない。

あたしの心のなかにいるのは、ただ一人だ。

何年もそれは変わらない。

「好きな人、……います」

あたしは顔を上げて、マイクに向かって、そう告げた。