レコーディングのボーカルブース、
ガラス越しに見据える大人たちに臆することなく、
あたしは、アイドルを魅せてやる。
耳を覆ったヘッドフォンからイントロが流れ始める。
あの日から毎日聴いていた、仮歌。
この街にやってきて、大きな交差点から見える大きな看板を見上げて、この曲を初めて聴いた。
KANATAの看板を見上げて、あたしはこの曲を聴いたの。
あの日の光景を鮮明に思い出す。
耳に入ったイヤフォンの硬さも、都会のコンクリートの煙たい香りも、背を向けて歩き出す青木も、点滅し始めた青信号も、スクランブル交差点を行き交う人々の姿も、覚えている。
色鮮やかな都会が薄暗くなって、あたしとKANATAだけにスポットライトが当たった、あの日。
この曲は、あたしの鼓膜を揺さぶった。
音が奏でるたびに、その一音一音が、あたしの血流に流れ込むように、脈を打つ。
これはあたしと、KANATAの曲。
ストーリーの中に飛び込むんだ。
あたしがヒロインの、あたしだけの物語。
ゆっくりと目を閉じた。
自信はある。
歌は得意。
何度も何度も練習して、自然と口ずさんでしまうほど、自分の一部のように、このメロディーが体にリズムを刻んでる。
大丈夫、出来る。
カッと目を見開いた。
マイクにかけられたポップガードに近づいて、ヘッドホンを両手で包み込むように触れた。静かに息を吐き出していたあたしは、思いきり息を吸い込んだ。そして、お腹の底から声を奏でる。
マイクに届いた声が直接跳ね返ってくるように、ヘッドホンに響く。自信に満ちた歌声が響き渡り、口角を上げた。
完璧だった。
体全体でリズムを作り、次の音符に声をはめるように右手で操る。
声色の可愛さだって、十二分にある。
完璧なアイドルであることを、この瞬間マイクにぶつけてやるんだ。
大きく口を開いて、腹の底から押し上げる。喉を狭めて、息を鼻にかけて吐き出せば、まるで可憐な花が咲いたような声が出る。
これなら、青木だって納得するはずだ。
メロディーに歌詞を乗せ、あたしはKANATAとの世界に目を閉じた。
胸元に右手を添えて、歌声を響かせる。
