My sweet tone

早川は苺の隣の家に住む幼馴染で、現クラスメイト。小さい頃からうんと背が高かった。男の子だから、というのもあるが、苺だってバレーをやっているので身長は低くない。163cmある苺が見上げる形なので、おそらく早川は180を優に超えているだろう。
しかし謎なのはここからで、こんなにも身長が高いのにクラスでの存在感が酷く薄いということだ。吹奏楽部男子なので運動部の男子と仲良くならないことに疑念はないが、早川にはほとんど友達がいない。強いていえばお昼に話題に出ていた岡がクラスで唯一の同じ吹奏楽部で、たまに早川に話しかけているところを見るくらいである。
以前早川からは部では上手くやっている等の話を聞いたので、単にクラスで仲良くなろうという気持ちがないのだろう。

我が校は運動部は強豪と言われるが、偏差値は高くなく文化部の影も薄い。吹奏楽に所属するのも全学年で20人ほどなので、高校の吹奏楽部の規模としてはかなりの弱小である。
そのため練習も緩く、月水土の週に3日だけ。その中で早川は毎日完全下校の20時半まで1人教室で自主練をしていた。

早川はリードにキャップをし、カチカチと鳴いていたメトロノームを止めた。


「苺ちゃん、部活は?」

「19時まで。」

「え、もう19時回ってるの?時間って早いなー。」


図体と、その持っている楽器にちっとも似合わないゆったりとした喋り方に苺のテンションも少し落ち着いた。咲奈たちといるのが苦痛と思ったことは無いが、疲れることに違いはなく常にどこかうっすらと緊張している。
早川はバリサクを肩から下ろし、ほんの少しだけ空いていた窓をぐわ、と全開にした。すー、と風が教室に入り込む。


「こんなに明るいのにね。でも月も見える。」

「今日も完全下校まで練習するの?」

「この辺は海ばっかで住宅地もないし、窓ちゃんと閉めとけば騒音で怒られることもないからね。家持って帰ったら、それこそ苺ちゃん家に迷惑だ。」

「...そっか。」


でも、もうそろそろ窓に向かって吹くのも終わりにしないとな、と早川が廊下側に譜面台を移動し始めたので、入れ違いに苺は自分の席に座って鞄から筆箱と課題を出した。早川が自主練をしている教室で、苺が何か作業をするのは高1の頃からで、もう当たり前になっていた。
苺が早川と幼馴染ということは誰も知らない。早川が勝手に誰かに伝えていたらそれは知らないが、苺から言うことは絶対になく、なんなら人前では“ユウ”ではなく“早川”と呼ぶようにしている。
だから、苺がこうしてほぼ毎日完全下校まで残っていることも誰も知らない。この時間は、苺と早川だけの時間だった。

またもメトロノームが音を鳴く。それに合わせて早川も演奏を始めた。
バリトンサックスというのは低音楽器であるため、基本的にはメロディの振り分けはない。全体の基盤となる音を担当するため難解なリズムなどもなく聞いていれば何の曲かなどほとんど分からなかった。おそらく、これだけを聞いてもつまらないと感じる人もいるだろう。

早川は中学の頃からバリサク奏者であり、苺はそこで完全に虜にされる。その夜家に帰ってバリトンサックス、と検索をかけ動画配信サイトで音を聞くが、たしかにかっこいい音なのだが早川の音より惹かれるものはなかった。
楽器というのは奥深いらしく、奏者によって聞こえる音の質が全く違う。苺は楽器のことなんてひとつも知らないし、強いてリコーダーくらいしかできないのに、早川のバリサクの音が好きだということだけは何故かはっきりとした。同時に、ずっと燻っていた早川への恋心も輪郭を持った。

どんな音楽よりも、作業BGMよりも、心地良い。特段面白いリズムがあるという訳でもないのに聴き入ってしまう。
残りの1時間半はあっという間にすぎてしまい、いつも通り課題もろくに手がつかなかった。