黒装束に身を包み、地下を出る。
さわさわ、と爽やかな風を浴びた。
その懐かしさに、自分はずいぶんと長い間眠ってしまっていたことを自覚する。
フードを目深に被り、日差しを避けて歩いた。
またこの場所で、死んだように生きていく。
とても湿っぽくて陰険な、命を削る街。
それが僕の街。
夜に紛れながら僕は僕の家へと帰る。
変化はすぐに気が付いた。
お気に入りのデスクやチェアが大破されている。
扉のドアノブは外れ、室内は荒らされていた。
床に転がった、大切なスマホをそっと拾い上げた。
殺してやろうと思った。
誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ。
僕の領域を穢したヤツは。
スマホに充電器を差し、応答を求めた。
発信履歴に見知らぬ電話番号が映し出されると、迷わず発信ボタンを押す。
電話口に出たのは女だった。
女はこちらの気も知らないで、鈴を転がすような優しい声で一方的に話し続けた。
やがて電話が切れると、殺意が消え去っていることに気が付く。
頬が冷たくて、触ってみると、どうしてだろう。
――僕の両目から、とめどなく涙が零れている。
なんだこれ。なんだこれ、なんだこれ。
空っぽのこの器に、どくどくと命を吹き込まれる感覚がした。
それはこれまで一度も感じたことのない、とてもおかしな感覚だった。
スマホの近くに転がっていたピンク色のヘアクリップを手に取った。
ボサボサと鬱陶しい自分の髪に留めてみる。
……決めた。出会おう、この人に。
そう難しいことじゃない。
だってこの街において、この僕が願うのだから。
さぁさぁ、始めよう。
この終わりの街で。

