橋本くんはすっと立ち上がると、何事もなかったかのような顔で、ブレザーのポケットに手を突っ込んだ。
「何拒絶してんだよ。あんたが怪我してんだから、治すのは当然だろ」
はぁ!?やっぱ自己中の自意識過剰のナルシスト!!!
「いやいやいや!!! 保健室の先生に治してもらう予定だったんですけどねぇ!?」
私の喉から、信じられないくらいの裏返った大声が飛び出した。
あまりの恥ずかしさとパニックのせいで、学校で必死に作っていた「おとなしくて目立たない普通の女子高生」の仮面が、木っ端微塵に吹き飛んでいく。
完全に素のトーンのまま、彼に向かって思いきりツッコミを入れてしまっていた。
「普通の高校生は!男子に!いきなり腕とか膝とかに、そんな、口付けなんてされません! 保健室って、普通は先生に湿布とか貼ってもらう場所だからね!??」
一気にまくしたてる私を見て、橋本くんは少しだけ目を見開いた。
驚いたような顔をしたあと、ふっと、本当に微かにだけど、彼の綺麗な唇の端が上がったのを見逃さなかった。
「湿布より、俺の能力の方が早い.....それに」
何。まだなんかある?
「保健医じゃ、その銀狼の体質に合う薬は出せない。俺の力なら、副作用も何もないだろ」
強引!!!
確かに、
「それは、そう、かもしれないですけど....」
ぶぅ。あまりにも正論すぎる正論じゃん。
確かにミソロジアやその他の能力者の肉体は普通の人間とは違う。人間の薬は効きにくい。
橋本くんの言う通り、天使の癒しの力だからこそ、何の拒絶反応もなく、一瞬で傷が消え去るんだ。
認めたくないけど。
私はまだ熱い手を見た。
確かにこの人は自己中でちょっと嫌いだけど、一番大切だったはずの羽を奪われてる。
ゆっくりと顔を上げて、真っ直ぐに橋本くんの目を見つめた。
「橋本くん」
「ん?」
怪訝そうに眉をひそめてるけど、私は止まらない。
「.....飛びたい?」
「.......はぁ?」
「お前、調子に乗るのも大概にしろよ」
え?
え?
なんか悪いことした?
「俺にまた、あの空を見ろってーの?人間に弄ばれて、全部取られたあの場所を、お前の独りよがりの力でもう一度味わえって言うのかよ!」
やばい。睨みつけられてる。多分、私は、彼の中の一番悲惨な記憶を引き出してる、そんな気がする。
「ミソロジアだからって、何でもできると思うな」
「あ、いや、あの、ごめん」
今度は私の方が最低だ。このままいるのも、多分気に障るだけだ。
俯いたまま、重い引き戸を開けて廊下に飛び出した。


