「はい、これで大丈夫」
私の言葉に、男の子は安心したように笑う。
「ありがとう!」
そう言って走り去っていった。
元気だな。思わず小さく笑った、その瞬間だった。
「意外と自然な笑顔もできるんだな」
隣から声がした。
「……は?」
反射的に振り向く。
男は缶コーヒーを飲みながら前を向いていた。
「どういう意味ですか、それ」
「別に」
「いや、意味分かんないんですけど」
説明する気はないらしい。なんなんだろう、この人。
初対面なんだけど。
というか名前すら知らないんだけど。
目の前の態度に、妙に腹が立つ。
「あなただって見かけによらず、優しいんですね」
反射的に、ついそんな言葉が口から出てしまった。
……しまった。『見かけによらず』なんて人によっては悪意があるように聞こえてしまう。
謝ろうと私が口を開いた瞬間、男が初めてこちらを見た。
その鋭い目に、私は言葉が出なかった。
「俺はお前の方が意外だったけどな。子供なんて絶対助けないタイプだと思ってたわ」
……は?この人いきなり何言ってんの?
失礼にも程があるでしょ。
子供なんて絶対助けないタイプ?そもそも私の何を知ってるわけ?
男の言葉にイラッときて、文句を言おうとしたけど。
でも、なぜか少しだけ笑いそうになった。
変な人だ、本当に。今まで会ったことがないくらい。
夕日がゆっくり沈んでいく。
しばらくして私が立ち上がると、男は何も聞かなかった。
名前も、連絡先も、何をしている人なのかも、私も聞かなかった。
「じゃあ」
私が言う。
「あぁ」
私は歩き出す。
たぶん、もう会うこともないだろう。
それなのに、なぜだろう。
ほんの少しだけ、あの人のことが気になってしまった。
名前も知らない、何者なのかも分からない。
けれど今まで会った誰とも違う人だったから。
・
・
・
公園であの人と会ってから、数日後。
その日も特に変わったことはなく、次のライブの打ち合わせを終えた頃。
今日は珍しく収録が早く終わり、私は一人で事務所の裏口から外へ出た。
もちろん変装はしている。
まぁ変装といっても帽子にマスクだけだけど。
それでも案外気づかれない。
「だから戻れって言ってるんですよ!」
突然聞こえた怒鳴り声に、私は思わず足を止めた。
見るつもりも、関わるつもりもなかったんだけど。
「帰る」
聞き覚えのある声だった。
視線を向けると、路地の奥でスーツ姿の女性と揉めている男がいた。
