天使なんかじゃない。
私はみんなが思うほど優しくもないし、綺麗でもない。
誰かの人生を、救えるような人間でもない。
それなのに勝手に理想を押し付けられて、勝手に期待されて、勝手に愛されて。
気づけば、私自身はどこにもいなくなっていた。
「そもそも私、アイドルとか向いてないし」
天井を見つめながら、小さく吐き捨てる。
「人と関わるのも嫌いだし。愛想振りまくのも嫌い。歌もダンスも別に好きなわけじゃない」
むしろ嫌いだ。
ステージも、歓声も、ファンも、テレビも、雑誌も、SNSも。
私を囲むこの世界の全部が、嫌いだ。
大きなため息をつく。
そんな私を見て、翠は何も言わない。
否定も、説教もしない。ただ私の話を静かに聞いている。
昔からそうだ。
翠は、無理に励ましたりしなかった。
無責任に「頑張れ」なんて言わない。
そんな翠と一緒にいるのが、異様に居心地がよくて。
気づけば、無意識に翠のそばにいることが増えた。
翠の前だけは、何者にもならなくていい。
永遠の天使じゃなくていい。
一ノ瀬琴葉ですらなくていい。
ただの私でいられる。
「……もうやめたい」
ぽつりと零れた言葉は、自分でも驚くほど弱かった。
「うん」
返ってきた声も、どこ悲しそうだった。
「毎日笑って、愛想振りまいて、みんなに好きだって言われて……なのに全然嬉しくない」
むしろ苦しかった。
好きだと言われるたびに、愛してると言われるたびに。
期待されるたびに。
私じゃない誰かを見られている気がして。
「馬鹿みたい」
自嘲するように笑う。その笑いさえ歪だった。
部屋の中に沈黙が落ちる。
さっきまで何万人もの歓声を浴びていたのが嘘みたいに。
私はソファに深く沈み込みながら目を閉じる。
もう何年目だろう。
こうして笑い続けて、本音を飲み込んでいるのは。
いつから私は、私じゃなくなったんだろう。
もう、何も分からない。
ただひとつだけ分かることは___
今の私を知っている人なんて、この世界に翠しかいないってこと。
……正直、それでもいいと思った。
誰にも本当の私を知られないまま、誰にも期待されないまま、ただ静かに生きていければそれでよかったのだ。
けれど運命は、そんなささやかな願いさえ許してはくれない。
私の嘘も、秘密も、ずっと隠し続けてきた本当の自分も。
もうすぐ見つかってしまうことを、このときの私はまだ知らなかった___
