天使は今日も嘘をつく〜愛されアイドルの隠しごと〜

「……私は気にする」

「琴が気にしてるから離れてあげてるんじゃん」

「今離れてないけど」

「細かいなぁ」


そう言いながら、翠の腕がようやく離れる。

私は大きくため息を吐いた。


本当に自由人だ。
幼なじみではあるけれど、翠は昔から何を考えているのか分からない。

分かるようで、分からない。


「で?」


翠が私の隣を歩きながら口を開いた。


「どうだったの」

「何が?」

「東雲朔だよ」


その名前に、思わず足が止まりそうになる。


「今日顔合わせだったんでしょ?」


翠は何でもないように言う。


「問題児俳優さんと」

「……そうだね」

「どう?怖かった?」

「ううん」


私は首を横に振った。


「怖くはなかった」

「へぇ」


翠が少しだけ眉を上げる。


「感じ悪かったりしなかった?」


それには少し考える。

感じ悪い……まぁ、それに間違いはない。
初対面で気持ち悪いなんて言ってくるし、人の神経逆撫でするのも上手い。


本当に失礼な人だけど……


「うーん……」


私は視線を落とした。


「雰囲気は感じ悪かったけど」

「うん」

「まぁ」


頭の中に朔の顔が浮かぶ。


公園で絆創膏を差し出した時。
路地裏で黙ったまま怒鳴られていた時。

そして。


『その方が全然いい』

そう言って笑った時。


気付けば、私は少しだけ口元が緩んでいた。


「悪い人ではなさそうだったよ」


ぽつりと呟く。隣が静かになった。


私は気付かなかった。

翠が一瞬だけ前を向いたことにも、笑顔が消えたことにも。伏せられた瞳に、わずかな濁った影が落ちたことにも。


数秒の沈黙が落ちた。それから。


「……ふーん」


翠はいつものように笑った。優しくて、穏やかな笑顔。


「なら、いいけど」


その声はいつも通りだった。

なのに、なぜか。言葉を飲み込んだように聞こえた。