ドラマの顔合わせ当日。
私は重い足取りで会議室へ向かっていた。
正直、気が進まない。
恋愛ドラマなんて興味ないし、共演者にも興味はない。
どうせ言われた仕事をこなすだけなのに、母もスタッフもやたら期待していて。
考えるだけで体力が削られる。
「はぁ……」
小さくため息を吐く。
せめて相手役がまともな人だといいけど、問題児俳優なんて聞いている時点で期待はできない。
そんなことを思いながら、会議室の扉を開いた。
「おはようござい___」
言葉が途中で止まる。
部屋の一番奥、壁にもたれながらスマホを見ていた男が私の声に顔を上げた。
黒髪に鋭い目。見るからに愛想のない顔。
不機嫌そうな空気。
見覚えがあった。というか、あるに決まっていた。
公園で会った。
数日前、路地裏でマネージャーと揉めていた人。
___どうして、ここにいるの。
男も私を見ていた。数秒、ただ見つめ合う。
……気まずい。
「どうしたの、琴葉ちゃん?」
スタッフの声で、慌てて我に返った。
「あっ、いえ」
私は、反射的に口角を上げた。
「何でもありません」
誰もがが引かれるような声で、無邪気に笑った。
いつもの私を演じる。
「今日からよろしくお願いします!」
会議室の空気がふっと和らぐ。
スタッフも共演者も、私に笑顔を返すように微笑んだ。
マネージャーも、満足そうに頷く。
私はそれに合わせて笑顔を作った。
もう何年も続けてきたことだから、何も考えなくてもできる。
けれど、一人だけ。東雲朔だけは笑わなかった。
ただ黙って私を見ていた。
まるで何かを確かめるように。何かを探すように。
その視線が妙に落ち着かなくて、私は思わず目を逸らした。
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「それでは主演のお二人から自己紹介をお願いします」
監督の声が響く。
顔合わせということもあり、主演の私たちから自己紹介をと振られた。
言われた通り、私は立ち上がった。
「一ノ瀬琴葉です。大好きな作品に携われることができて本当に嬉しいです。精一杯頑張りますので、よろしくお願いします!」
言い終わるのと同時ににこっと笑顔を見せると、すぐさま拍手が起きた。
我ながら完璧、百点満点。
誰も文句を言わない笑顔に、誰もが好きな一ノ瀬琴葉。
拍手が鳴り止む前に、私は席へ座った。
そして、次に立ち上がった男へ視線を向ける。
「東雲朔です」
それだけだった。
会場に沈黙が落ち、次の瞬間、慌てたように拍手が起こった。
愛想もなければ笑顔もない。
なのに本人は全く気にしていないらしい。
やっぱり変な人だ。
