忘れ「」私、と君

「ここにいたらいいじゃん」


たとえば、目の前の人が記憶がない。

あなたがわからない。

自分のこともわからない。

ここがどこだかわからない。


そう言ってきたら、

普通…困惑の色を表すだろう。そして、どうにか刺激しないようにする……と、思う。

でも、目の前の彼は笑って、こう言い放った。


「え?」

「だーかーら、ここにいたらいいじゃん」


目が覚めたら、知らない場所にいた。

そして、私は気づいた。自分のことがわからないことに。

常識的な記憶はある。

ただ、自分のこと。

つまり、名前、年齢、住んでいたところ、今までのことがすっかり抜け落ちていた。


そして、目の前に広がるのは大きな部屋。

目の前には大きな窓。お城みたい。


「……あの」

「なに? 記憶ない、自分のこと何もわからない。じゃあ、どうするの? 記憶喪失ちゃん」


サーって、血の気が引く感覚がした。

あんなに自分の記憶はないって自覚してたのに、記憶喪失って現実を突きつけられた感じがして。

何も覚えてないって、もう何を考えても無駄なんだって、気が付いた。


目の前の彼はただ淡々と事実を述べ、それから再度「ここにいたら?」って言ってきた。

ここはどこなのか、彼は誰なのか。

何もわからないけど…何もわからないのが今の私なんだって。


「……そっか」


なんか、諦めがついた、というか……そんな感覚。

どうにもならない。

だから今は目の前の彼に縋るしか私には道がない。


「ん?」


私は目の前の彼に軽く笑いかけた。



思い出せるまで、ね。