Please let me hear your voice-君の声を聴かせてー

柚歩は資料を抱えて会社のエントランスを出て、外の空気は少しだけ湿っていた。
胸の奥に残っていた昨夜の熱をまだ完全には冷ましてくれず、その温度が歩くたびに静かに揺れた。

——メッセージ、来ないかな。

そんなことを考えてしまう自分が少しだけ恥ずかしくて、深呼吸して気持ちを切り替えようとしたその瞬間、
視界の端に見慣れたシルエットが立っているのが見えた。
落ち着いた色のジャケット、静かな佇まい、そしてこちらに向けられた柔らかい視線が胸の奥を一瞬で掴んだ。

我妻琉生。あの人がきた……。
胸が跳ねた。

「……あの」

声が出る前に緊張で手が滑り、抱えていた資料がぱさりと地面に散らばった。
しゃがみ込もうとした瞬間、同じように膝を折った影が重なった。

「大丈夫ですか」

近い。
声が近い。
指先が触れそうな距離で琉生が資料を拾い上げ、その仕草が丁寧で優しくて、胸の奥がまた熱を帯びていく。

「すみません……ありがとうございます」

「いえ。こちらこそ、驚かせてしまって」

驚かせたのは自分のほうなのに、どうしてこんなに優しいんだろうと思うほどの声だった。
資料を受け取るときに指先が、ほんの一瞬だけ触れ、その一瞬が胸の奥に深く沈んでいった。

「昨日の資料、拝見しました。とても分かりやすかったです」

「……よかったです」

声が震えた。
自分でも分かるくらい震えていて、琉生は気づいたのか少しだけ表情を和らげた。

「無理をしていませんか」

その言葉が胸の奥に静かに落ち、優しくて、優しいのにどうしてこんなに苦しくなるんだろうと胸がきゅっと締めつけられた。

「だ、大丈夫です。あの……すみません、私、次の打ち合わせがあって」

逃げるように頭を下げて歩き出した。
背中に琉生の視線が残っている気がして、歩きながら胸の奥のざわつきが止まらなかった。

どうして、こんなに。

その問いだけが胸の奥で静かに揺れ続けていた。