Please let me hear your voice-君の声を聴かせてー

優海は、いつも兄を見ていた。

誰かの後ろに立つようにして、
静かに支える姿勢を崩さない人だった。

けれど——
久遠にはわかっていた。

優海が影にいる理由は、
役割なんかじゃない。
兄のことを見ていたからこそ、兄の気持ちにも一番に気付いていた。

その痛みを見てきたから、
自分だけ光に出ることを許せなかったのだと。

久遠がそのことに気づいたのは、
ある日の帰り道だった。

兄と柚歩の話題になったとき、優海はほんの一瞬だけ、
目を伏せた。

その伏せた目に宿った影は、誰かの痛みを背負ってきた人だけが持つ色だった。

久遠自身も身をもってわかっていた。
優海の影は、薄桃色だと思った。

優しさの色で、
痛みの色で、誰かのために自分を後回しにしてきた人の色。

優海は、兄への想いが報われなかった。

だから、久遠の想いにも気づいていながら、
受け取らないようにしていた。

自分だけ幸せになっていいのか——
そう思っているのだと、久遠はわかっていた。

仕事帰り、
優海が書類を抱えたまま立ち止まった。

「……久遠くん、少しだけいい?」

その声は、いつもより少し弱かった。

久遠は歩調をゆるめ、優海の横顔を見た。

影の中で揺れる薄桃色の光が、あまりにもきれいで、
ほんの少しだけ久遠の胸を締めつけた。

「優海は、誰かの痛みを背負いすぎだ」

言葉にすると、胸の奥が熱くなった。

優海は驚いたように目を見開いた。

久遠は続けた。

「そんなに自分を追い詰めなくていい……。
 優海はそのままでいいんだ」

その瞬間、
優海の肩がわずかに揺れた。

薄桃色の影が、光に触れたように見えた。

久遠はその揺れを壊さないように、ただ静かに隣に立った。

優海は、誰かの痛みを背負った優しさの証だ。

そして——
久遠が惹かれたのは、その影の色だった。

薄桃色の影が、
ゆっくりと光へ向かう気配がした。

それが、久遠の想いの始まりだった。