Please let me hear your voice-君の声を聴かせてー

光孝は、麻衣が歩の話をするときだけ、
声の奥がわずかに震えることに気づいていた。

その震えは、誰にも触れられなかった長い影の時間の名残だった。

帰り道、
ふとした流れで、
麻衣は歩の名前を口にした。

「……歩くんのこと、ね」

その声は、
自分でも驚くほど弱かった。

光孝は歩調をゆるめ、
麻衣の横顔を静かに見守った。

麻衣は少しだけ息を吸い、
胸の奥にしまい続けてきた言葉を、初めて他人に向けてほどいた。

「……ずっと、好きだったの」

言った瞬間、
麻衣の指が震えた。
大粒の涙がとめどもなく流れ出した。
言葉が空気に溶けていくのが怖かった。

長い影の時間が、
その一言で静かにほどけていくようだった。

光孝は何も言わなかった。
言葉を選ぶよりも、
麻衣の揺れを壊さないことを選んだ。

そっと、
麻衣の手に触れた。

強く握らない。
ただ包むだけの、
大人の優しさだった。

麻衣は驚いたように指を少し動かした。
離そうとして、離せなかった。

胸の奥が、
歩の影と光孝の温度の間で揺れた。

「……ごめんね。
 こんな話、するつもりじゃなかったの」

麻衣の声は、
泣きそうなほど静かだった。

光孝は首を振った。

「謝らなくていいです。
 麻衣さんが話してくれたこと……大事にします」

その言葉が、麻衣の影に触れた。

気づかないふりをしたけれど、
確かに触れた。

麻衣の心の灯りが、ほんの少しだけ揺れ始めていた。

歩の影を抱えたまま、
それでも前に進もうとする灯り。

その揺れは、大人の恋の始まりだった。