Please let me hear your voice-君の声を聴かせてー

仕事の帰り道、麻衣はふと立ち止まった。

夕方の風が、
少しだけ冷たかった。

「麻衣さん……?」

振り返ると、そこに明石光孝が立っていた。

後輩だった頃と変わらない、静かで、柔らかい眼差し。

「久しぶりですね。
 お疲れさまです」

麻衣は少し驚いて、
でもすぐに笑った。

「光孝くん……仕事、続けてたんだね」

「はい。
 麻衣さんが教えてくれたこと、ずっと支えになってます」

その言葉に、胸の奥が少しだけ揺れた。

麻衣の会社の後輩で、今は転職してちがう業種で働いていた。

麻衣は、誰かに“支えになっている”と言われることが苦手だった。
歩を失ってから、
自分の心を閉ざしてしまったから。

「……そんな大したこと、教えてないよ」

そう言うと、
光孝は首を振った。

「麻衣さんは、人の痛みに気づける人です。
 僕は……ずっとそういう人になりたいと思ってました」

麻衣は返事ができなかった。
胸の奥が、
歩の名前を呼んだ夜の痛みと重なった。

光孝はそれ以上何も言わない。
ただ、麻衣の隣に立つだけだった。

風が吹いた。
静かで、優しい風だった。

麻衣はその風の中で、
ふと光孝の横顔を見た。

「……光孝くん、変わらないね。
 昔から、優しいまま」

光孝は少し照れたように笑った。

「優しいんじゃなくて……」

「麻衣さんに、ちゃんと見てもらえる人でいたいんです。
あの頃よりも、少しは成長できたと思いたくて」


麻衣は息を飲んだ。
その言葉は、歩が昔言った言葉と少しだけ似ていた。

でも違う。
光孝の優しさは、
歩の優しさとは別の形をしていた。

麻衣はまだ受け取れない。
心を開くことが怖かった。

それでも——
光孝の静かな風が、
麻衣の影にほんの少し触れた。

気づかないふりをしたけれど、
確かに触れた。

その小さな揺れが、
再会の予感だった。