Please let me hear your voice-君の声を聴かせてー

スタジオの照明がゆっくりと落ちていく。
暗がりの中で、機材のランプだけが小さく光り、
その静かな光が、柚歩の呼吸のリズムと重なるように揺れていた。

覆面をそっと整える。
布が頬に触れる感触は、もう“隠すため”のものではない。
選んだ未来のためにそこにある、静かな温度だった。

「準備できてる」

御影の声がして、
スタジオの空気がふっと張りつめる。

柚歩はマイクの前に立ち、深く息を吸った。

喉の奥がふっと震える。
それはもう痛みではなく、
歌う前の、懐かしい緊張の震えだった。

覆面の内側で呼吸が整っていく。
視界は狭いのに、心は広がっていく。
顔を出さないことで、声が自由になる。
姿を見せないことで、
声が深く響く。

“怖いから”ではない。
“逃げるため”でもない。

——声で生きることを選んだから。声で皆に歌を届けたい

音が流れ始める。
スタジオの暗がりが、柚歩の声を受け止めるための静かな器になる。

一音目が零れた瞬間、
空気がふっと変わった。

覆面の下で、柚歩の表情は見えない。
けれど、声はすべてを語っていた。

痛みを越えた声。
未来を選んだ声。
誰かの心に触れるためだけに存在する声。

照明が落とされた空間で、
柚歩の声だけがスタジオを満たしていく。

その響きは、かつての震えとは違う。
過去の影とも違う。

“選んだ覆面”の中で生まれた、静かで暖かい光だった。

歌い終えた瞬間、
スタジオの空気がゆっくりと緩む。

御影は息を飲んだまま、
しばらく言葉を発しなかった。

納得したようにうなづいた。

暗がりの中で、
柚歩の声だけが余韻として残っていた。

覆面をつけたまま、
柚歩は小さく息を吐いた。

喉は痛まない。
胸も震えない。
未来が見えなくなる影も、もうどこにもない。

選んだ覆面の中で、柚歩は静かに生きていた。

声で、未来へ進むために。