きっとそんなこととはつゆ知らず。
それじゃあ今日も田中のために契約取ってくるわ! といつも通り眩しく笑うと、晴永はすぐに他の社員に話し掛け、あるいは話し掛けられ、明るい声をオフィスに響かせながら忙しなく私の元を去っていく。
彼から手渡された書類を内心げっそりしながらめくり始めると、隣のデスクの先輩に苦笑された。
「たまにはノってあげなよ田中ちゃん」
「えー……一応お礼は言いましたよ」
……しがない事務員にあのノリと勢いは難易度が高すぎる。返事をしただけ良しとしてほしい。
晴永はよく笑い、よく喋り、よく人を褒める。
田中大好き! とか、神様仏様田中様! とか、俺は田中がいないと生きていけない! とか。いつも恥ずかしげもなく、馬鹿みたいに大袈裟だ。
きっと取引先でも大盤振る舞いしていることだろう。
朝から晩までずっと元気。ずっと全力。ずっと笑顔。
毎日あの調子で気疲れしないのかな、と苦手ながらに見ていて思う。
まあ彼は私なんかとは違って元来ああいう人なのだから、余計なお世話だろうけれど。
*
月末は営業の追い込みがかかり、その事務処理に追われるため慌ただしい。
「仕事は定時に終わらせる」を目標にはしているが、なかなかそうはいかないのが現実。終業間際に新たな急ぎの案件を捩じ込まれ、今日の目標を「日付が変わるまでには帰宅する」に切り替える。
「ごめん、じゃあ先に上がるね」
隣で一緒に残業していた先輩が、バタバタと荷物をまとめて席を立った。今晩は遠方に住んでいる恋人がたまたま仕事で近くに来ており、食事の約束をしていたらしい。
「お疲れ様です。間に合いそうですか?」
「うん、ギリ大丈夫そう! 田中ちゃんも早めに帰りなよ」
「頑張りますー」
駆け足でオフィスを後にする先輩を見送り、私はパソコンのキーボードから一度手を離してぐっと伸びをする。
先輩がいなくなると急に静かになった。
現在21時過ぎ。パソコンの画面と書類に集中していて気付かなかったけれど、この時間まで残っていたのは私たちだけだったらしい。
忘れていた疲労感が、どっと押し寄せる。
……私ももう帰ろうかな。
何の予定もないけれど。
急ぎの案件といっても、別に全てを今日中に終わらせろと言われたわけではない。
ただでさえ遅すぎる時間に頼まれているのだから、せめて明日の午前中までに仕上げれば上出来だろう。
先輩だってそうしてるし、ちょうどキリも良いし。そう自分を納得させて、私はついにパソコンを閉じようとした。
「──あれ、田中?」


