青春は、意外と近くにあるらしい

「あぁぁ⋯⋯青春したい⋯⋯」

夏のはじまり。7月。放課後。
空はまだ、青い。

窓の外を見れば、部活動に勤しむ生徒や友達とおしゃべりしながら正門に向かう生徒たちが見える。
笑い声や話し声も、かすかにこの教室まで届いてきた。

そして、手をつないで楽しそうに歩いていく、カップルの姿も。

「高校生になったら、私にも青春が訪れると思ってたのに⋯⋯」

「どんな自信があってそんなこと思ってたの」

机に突っ伏して嘆く私の頭に、ため息とともに吐き出された冷たい一言が降ってきた。

「祥太くん冷たい」

「冷静なだけです」

じっと睨みつけると、見下した表情で祥太くんは口角を上げる。

夏のはじまり。7月。
高校生になって3ヶ月。

彼氏も彼女もいない私たちは、放課後よく教室に残っては、なんとなく二人で過ごしていた。

「大体瑞月(みつき)はさ、青春したいならなんで部活入らなかったの。高校生の青春と言えばたいがい部活でしょ」

「だってぇ⋯⋯」

ごもっともなことを言われたせいで、へにゃへにゃと力が抜ける。
机に身を委ねて、左頬をぺたりとくっつけた。
窓の外が見えないように。
これ以上、切ない気持ちにはなりたくない。

「だってなに」

そんな私の顔を、祥太くんは遠慮なく覗いてくる。
少し猫っ毛のふわふわした髪が、窓から入る光で光って綺麗だった。
触ってみたくなったけど、我慢。

「私運動全然できないし、だからといって音楽も美術もセンスないし⋯⋯。どの部活に入ったらいいのか、分からなかったんだもん」

「中学の時はなんの部活入ってたの」

「⋯⋯吹奏楽部」

へぇっと意外そうな呟きが聞こえてくる。
なんとなく恥ずかしくなって、目の前のキラキラした髪から目を逸らした。

「そんなら吹部入ればよかったじゃん」

「だって下手なんだもん。3年間やっても全然上手くならなかったし、自分の楽器も持ってないし」

「もったいね」

決して楽器が嫌いになったわけじゃない。
続けられるなら私だって続けたかった。
でももうやらないって決めたんだから、仕方ない。

「部活はいいの! 夏休み入ったらバイト始めるつもりだし。そこで良い出会いとかあるかもだし」

「ふーん」

まったく興味なさそうな返し。
祥太くんはいつもこんな感じで、結構クールな人だった。


席が前後だった私たちは、新生活への緊張が解けたころからちょこちょこと話すようになり、お互いに部活に入らず時間を持て余してたからか、気がつけば放課後まで話す仲になっていた。

祥太くんはお父さんの都合でこの地域に引っ越してきて、中学までは別の県にいたらしい。
誰も知り合いがいないなかで、こうして2人きりでおしゃべりできるような仲になれたことが、私は内心少し自慢だった。

求めているものとは違うけど、この時間も大人になったとき思い返してみたら、青春だったと感じるのかもしれない。

「あ、そうそう。あと今度莉乃ちゃんに中学のときの同級生紹介してもらうんだ!」

「え?」

「莉乃ちゃんと私と、あと莉乃ちゃんの彼氏とその友達でカラオケでも行こうかって話してて。良い感じの子だと良いなぁ」

「はぁ!? そんなんあかすかぁ(・・・・・)!」

一瞬の沈黙。

「⋯⋯え?」

「なんて言ったの?」と聞き返そうとした瞬間、私の声が出る前に祥太くんの顔が真っ赤に染まった。
空は少しオレンジになってたけど、そのせいじゃない。
ばっと顔を背けて、不機嫌そう唇を噛んでいる。

「祥太くん、今なんて⋯⋯?」

「なんでもない」

「いやいや、なんでもないことないよ! なに?」

「瑞月には関係ない」

「絶対そんなことないって!」

断固として教える気のない祥太くんに負けじと、私も食い下がって聞き続ける。

折れる気がないと悟ると、祥太くんはあぁぁと頭を抱えて唸りこっちを見ようとはしなかった。
まだ顔は、真っ赤なまま。今は耳まで真っ赤。

「⋯⋯方言が⋯⋯まだ抜けきってないんだよ」

恥ずかしい、とついには机に伏せてしまう。

思わぬ答えに、私は思わず吹き出してしまいそうになるのを必死にこらえた。
けれど、耐えきれずにやにやしてしまう。

「方言かわいいじゃん」

「うるさい」

「2人でしゃべってるときは、方言でしゃべってよ。聞きたい!」

「やだよ!」

もう帰る! と祥太くんは勢いよく立ち上がり、カバンを引っ掴んで歩き出してしまった。

「えっ、ちょっと待ってよ!」

慌てて私もカバンを持って追いかける。
隣まで追いつくと、歩くスピードを少し遅くしてくれた。

「絶対誰にも言うなよ」

じとっと横目で睨みながら、念を押される。
どうしても誰にも知られたくないらしい。
方言なんて変なことじゃないし、むしろ可愛くて良いのに。

「分かったよぉ。で、さっきなんて言ったの?」

そういえばまだ教えてもらってなかったことを思い出した。
これを聞かなきゃ、今日は終われない。

「⋯⋯絶対教えない!」

べぇっと舌をだして、祥太くんは急に走り出した。

「あ! 待ってよー!」

遅れて私も走り出す。

廊下の窓からはだんだんと濃くなってきたオレンジの光が入ってきて、影のグレーとのコントラストがなんだかちょっと懐かしいような、胸がきゅっとなる空間を作り出していた。


今日、私たちは小さな秘密を共有した。