私だけに見せる、彼の独占欲。

嘘みたいだった。

さっきまで支店で仕事をしていて、
私は新人で、主任は主任で。

なのに今は、並んで歩いている。

同じ気持ちだって、言われて。

本当に。

ラーメン屋を出て、
駅へ向かう途中の小さな公園を
通り過ぎようとしたとき、主任が言った。

「……ちょっと、水いい?」

「あ、はい」

自販機でペットボトルを買って、
ベンチに座る。

少し距離を空けて。

さっき“同じ”って言われたのに、
まだ信じきれない私がいる。

主任はキャップを開けて一口飲んで、
それから、ポツリと。

「俺、ちょっと緊張してるかも」

え?

「な、何でですか?」

本気で分からなくて聞く。

主任はゆっくりこっちを見る。

その目が、いつもより真剣で。

「もう、お前は……」

少しだけ困ったみたいに笑って、

「こうしたいからだよ」

え、と思った瞬間。

主任の手が、私の頬に触れた。

優しく、包むみたいに。

逃げ場はある。

でも逃げたくない。

唇が、そっと重なる。

一瞬。

本当に、一瞬。

触れるだけのキス。

――一瞬、何も考えられない。

心臓の音だけが、大きい。

離れたあと、

主任が小さく息を吐く。

「……やばいな」

「な、何がですか」

声が震える。

「思ったより好きかも」

その言葉に、息が詰まる。

私はまだ現実か分からなくて、

頬を手で押さえる。

「今の…夢じゃないですよね?」

主任が笑う。

「夢なら、もう一回する?」

「えっ」

顔が熱くなる。

主任は額を軽く私の額にくっつける。

「大丈夫。急がない」

優しい声。

「さっき言っただろ。順番守るって」

だからさ、と。

「ちゃんと彼氏として、キスした」

彼氏。

その響きに、ふわっとする。

嬉しくて、
怖くて、
信じられなくて。

「……私、変じゃないですか?」

「何が」

「ふわふわしてて」

主任は少しだけ笑って、私の手を取る。

「俺もだよ」

指が重なる。

「……明日、職場で普通にできるかな」

私が言うと、

「無理かもな」

でも、と主任は続ける。

「それも、二人だけの秘密にしとけばいい」

握った手が、現実を教えてくれる。

これは夢じゃない。

ふわふわしてるけど、ちゃんと本物。

駅のホームで別れるとき、

主任が小さく言った。

「次は、俺のほうからじゃなくて、

お前からな」

「……何をですか」

「キス」

また心臓の音が大きくなる。

電車のドアが閉まる直前、

主任が口パクで言った。


“好き”

――ちゃんと、始まった。