「今日の帰り、少し時間ある?」
って言われたけど……?
その答えは、すぐに分かった。
――歓送迎会のあと、か。
一度気持ちを切り替えて、
執務室に戻る。
……切り替えたはずなのに。
つい、主任の姿を目で追ってしまう。
少し離れたところで、
かすみ先輩と話していた。
「この案件、担保設定が十分か、
融資部に確認して――」
先輩の落ち着いた声。
迷いのない言い方。
仕事の会話なのに、
ちゃんと頼れてる感じがする。
ああいうの、私にはまだ無理だな……
あんなふうにアドバイスなんて、
できない。
早く、仕事の話ができるようになりたい。
早く、頼りにされたい。
主任は、そんな先輩と自然に話をしている。
少しだけ、胸の奥がざわつく。
……なんだろ、これ
視線を逸らそうとしても、うまくいかない。
主任だって……人のこと言えないじゃん
ぽつりと心の中でつぶやく。
仕事なのは分かってるのに。
分かってるのに――
なんでこんなに、気になるんだろう。
そして、そのまま迎えた夜。
歓送迎会は、思ったより盛り上がった。
新入生の私は、笑って相槌を打って、
グラスを持って、気を張りっぱなし。
帰り道、店の前で解散になる。
「じゃあ、気をつけてな」
「お疲れさまでしたー」
みんながそれぞれの方向へ散っていく。
私は駅の反対側の出口へ向かおうとした、
その時。
「俺もそっちから帰ろうかな」
背後から、あの声。
え?
振り向くと、
主任がコートを肩にかけて立っている。
「えっ……主任の家、逆ですよね」
思わず口に出た、そのあと。
「……いいんですか?」
「何が」
「かすみ先輩と、帰らなくて」
主任の目が、少しだけ細くなる。
「親身に仕事の相談、乗ってもらってたみたいだし……」
言ってから、しまったと思う。
これじゃ、まるで――
主任は、少しだけ口角を上げた。
「なにそれ」
一歩、距離が近づく。
「もしかして、嫌だった?」
「……別に」
そっけなく返すのが精一杯。
「ふーん」
主任は小さく言って、視線を外す。
「今日は、少し時間欲しかったし」
それから、何でもないことみたいに続ける。
「たまには、遠回りもいいかなって」
――なに、それ。
一瞬で、いろんな想像が頭をよぎる。
いや、考えすぎ。
でも、ちょっとだけ期待してる自分もいる。
並んで歩き出す。
夜の空気が少し冷たい。
さっきまでの賑やかさが嘘みたいに静か。
肩が、時々触れそうになる距離。
「酔ってない?」
「だ、大丈夫です」
「顔赤い」
「それはお酒です」
即答すると、主任が低く笑う。
「ほんとに?」
……違う。
半分は、主任のせい。
歩幅が自然と合う。
沈黙が続くのに、嫌じゃない。
「今日さ」
主任がぽつりと言う。
「楽しそうだったな」
「え?」
「歓迎されて」
「……ちょっとだけ、嬉しかったです」
主任は一瞬だけ黙る。
それから、少しだけ声を落とす。
「俺は、あんまり嬉しくなかった」
「え?」
足が止まりそうになる。
「みんなと同じ顔で笑ってるの見てるとさ」
横目で私を見る。
「俺だけの特別じゃないんだなって思う」
――昼間の光景が、よぎる。
胸の奥が、ざわつく。
「主任……それ、ずるいです」
「何が」
「そんなこと言われたら、
私、勘違いします」
主任が立ち止まる。
「勘違いで済ませるつもり?」
まっすぐな視線。
逃げられない。
「俺、わざわざ逆方向歩いてるんだけど」
息が止まる。一歩、近づく。
でも触れない。
ちゃんと距離は守ったまま。
「妄想してる?」 低い声。
図星。
「……してません」
「嘘」
少し笑ってから、真面目な顔になる。
「妄想していいよ」
「えっ」
「ただし」
主任の声が柔らかくなる。
「変な方向じゃなくて」
私の頬に、指先が一瞬だけ触れる。
髪を直すみたいに、ほんの一瞬。
「ちゃんと大事にする方向で」
息がうまくできない。
「主任……」
「今日は送るだけ」
それ以上は踏み込まない。
でも、駅の改札前で。
「次、俺の方向も歩いてみる?」
一瞬、意味を考えてしまう。
でもすぐに分かる。
――それって。
改札を通る直前、主任が小さく言った。
「やらしい妄想する暇あったら、
俺のこと考えとけ」
顔が熱くなる。
電車に乗り込んで、窓に映る自分を見る。
いつもと同じはずなのに、少しだけ違って見える。
理由は分かってる。
たぶん――
さっきの“遠回り”のせい。
この感じ、まだ続きそう。
って言われたけど……?
その答えは、すぐに分かった。
――歓送迎会のあと、か。
一度気持ちを切り替えて、
執務室に戻る。
……切り替えたはずなのに。
つい、主任の姿を目で追ってしまう。
少し離れたところで、
かすみ先輩と話していた。
「この案件、担保設定が十分か、
融資部に確認して――」
先輩の落ち着いた声。
迷いのない言い方。
仕事の会話なのに、
ちゃんと頼れてる感じがする。
ああいうの、私にはまだ無理だな……
あんなふうにアドバイスなんて、
できない。
早く、仕事の話ができるようになりたい。
早く、頼りにされたい。
主任は、そんな先輩と自然に話をしている。
少しだけ、胸の奥がざわつく。
……なんだろ、これ
視線を逸らそうとしても、うまくいかない。
主任だって……人のこと言えないじゃん
ぽつりと心の中でつぶやく。
仕事なのは分かってるのに。
分かってるのに――
なんでこんなに、気になるんだろう。
そして、そのまま迎えた夜。
歓送迎会は、思ったより盛り上がった。
新入生の私は、笑って相槌を打って、
グラスを持って、気を張りっぱなし。
帰り道、店の前で解散になる。
「じゃあ、気をつけてな」
「お疲れさまでしたー」
みんながそれぞれの方向へ散っていく。
私は駅の反対側の出口へ向かおうとした、
その時。
「俺もそっちから帰ろうかな」
背後から、あの声。
え?
振り向くと、
主任がコートを肩にかけて立っている。
「えっ……主任の家、逆ですよね」
思わず口に出た、そのあと。
「……いいんですか?」
「何が」
「かすみ先輩と、帰らなくて」
主任の目が、少しだけ細くなる。
「親身に仕事の相談、乗ってもらってたみたいだし……」
言ってから、しまったと思う。
これじゃ、まるで――
主任は、少しだけ口角を上げた。
「なにそれ」
一歩、距離が近づく。
「もしかして、嫌だった?」
「……別に」
そっけなく返すのが精一杯。
「ふーん」
主任は小さく言って、視線を外す。
「今日は、少し時間欲しかったし」
それから、何でもないことみたいに続ける。
「たまには、遠回りもいいかなって」
――なに、それ。
一瞬で、いろんな想像が頭をよぎる。
いや、考えすぎ。
でも、ちょっとだけ期待してる自分もいる。
並んで歩き出す。
夜の空気が少し冷たい。
さっきまでの賑やかさが嘘みたいに静か。
肩が、時々触れそうになる距離。
「酔ってない?」
「だ、大丈夫です」
「顔赤い」
「それはお酒です」
即答すると、主任が低く笑う。
「ほんとに?」
……違う。
半分は、主任のせい。
歩幅が自然と合う。
沈黙が続くのに、嫌じゃない。
「今日さ」
主任がぽつりと言う。
「楽しそうだったな」
「え?」
「歓迎されて」
「……ちょっとだけ、嬉しかったです」
主任は一瞬だけ黙る。
それから、少しだけ声を落とす。
「俺は、あんまり嬉しくなかった」
「え?」
足が止まりそうになる。
「みんなと同じ顔で笑ってるの見てるとさ」
横目で私を見る。
「俺だけの特別じゃないんだなって思う」
――昼間の光景が、よぎる。
胸の奥が、ざわつく。
「主任……それ、ずるいです」
「何が」
「そんなこと言われたら、
私、勘違いします」
主任が立ち止まる。
「勘違いで済ませるつもり?」
まっすぐな視線。
逃げられない。
「俺、わざわざ逆方向歩いてるんだけど」
息が止まる。一歩、近づく。
でも触れない。
ちゃんと距離は守ったまま。
「妄想してる?」 低い声。
図星。
「……してません」
「嘘」
少し笑ってから、真面目な顔になる。
「妄想していいよ」
「えっ」
「ただし」
主任の声が柔らかくなる。
「変な方向じゃなくて」
私の頬に、指先が一瞬だけ触れる。
髪を直すみたいに、ほんの一瞬。
「ちゃんと大事にする方向で」
息がうまくできない。
「主任……」
「今日は送るだけ」
それ以上は踏み込まない。
でも、駅の改札前で。
「次、俺の方向も歩いてみる?」
一瞬、意味を考えてしまう。
でもすぐに分かる。
――それって。
改札を通る直前、主任が小さく言った。
「やらしい妄想する暇あったら、
俺のこと考えとけ」
顔が熱くなる。
電車に乗り込んで、窓に映る自分を見る。
いつもと同じはずなのに、少しだけ違って見える。
理由は分かってる。
たぶん――
さっきの“遠回り”のせい。
この感じ、まだ続きそう。



